蛭子能収の認知症ニュースで思い出したこと

サブカルチャーという言葉がサブカルという略語になったのはいつ頃だろう。

サブカルを目指した覚えは無いが、好きなものがサブカルというジャンルに振り分けられることが多かった。その中のひとつに蛭子能収の漫画があった。

蛭子能収の面白エピソードについては枚挙にいとまが無いし、ウィキペディアにも多数載っており、そちらを参考にして頂きたい。

私がガロを読むようになった頃、蛭子能収は既に漫画家ではなくテレビタレントとして認知されている人だった。しかし、私にとってはガロ漫画家として尊敬の対象であった。

90年代の前半くらいだったと思う。ガロのカバーページに蛭子能収が登場し、特集が組まれた。しかしその頃、既にテレビの人になっていたせいか、骨のある作品を描くことは少なくなっていた。その代わり・・・かどうかはわからないが、過去の珠玉の作品の中から、代表作品ともなった「地獄に堕ちた教師ども」が再掲された。

蛭子漫画の登場人物たちは陰影を強めに描かれた。主人公となるのは教師だとかセールスマンだとか、わりとどこにでもいるスーツを着るような職業に就いた中年男性で、彼らが唐突に怒りを爆発させ、その挙句、大して関係の無い他人をあっけなく殺めてしまう、という突飛なストーリーが多かった。

蛭子漫画には暴力性や狂気はあるが、私は読んでいて闇を感じたことは無かった。阿部公房の作品を読んだ時にもこれに近い感覚を抱いた。私が初めて買った蛭子能収の単行本もやはりこの「地獄に堕ちた教師ども」だった。

当時はインターネットはおろか、携帯電話も普及していない頃で、本を買うには本屋に行き、店頭に無い作品はその場で注文するしかなかった。そして、1990年代でさえも既に絶版となっていた蛭子作品を田舎町で入手するのは困難であった。

出版された単行本のタイトルも個性的で「私はバカになりたい」だの「私の彼は意味がない」だの「馬鹿バンザイ!」というといった具合だった。店頭で注文するときに少々恥ずかしい思いをするほど、私は純情であった。妙齢だった私が尖りに尖った作品に感銘を受けたのはもう30年近くも前なのだ。

転居を繰り返した私の手元に、蛭子作品は無くなってしまったが、多感な頃に蛭子漫画に触れることが出来たのは、私の人生にとって収穫だったと思う。

軽度の認知症という診断を下されてしまったが、一貫して正直者であるが故の「ちょっとおかしな人」という立ち位置にこれからもいて欲しいと願う。

蛭子能収の狂気に触れることの出来る作品。名作です。

タモリ倶楽部2020年7月10日放送回

毎度お馴染み流浪の番組タモリ倶楽部。今回もコロナ余波によりロケが出来ない為か、スタジオ収録となった。日本最高峰のエンタティナ―・タモリの体調を考えると、リスクは少ないに越したことはないが、いつもの寸劇が路上で行われないのは寂しいものがある。

今回のタモリ倶楽部ではお馴染みのみうらじゅん、司会進行役としてメイプル超合金のカズレーザーがゲスト。

ストライプのシャツを着用し初夏にふさわしく爽やかな装いのタモリがステイホームの影響で家庭でパンを作るのがブームと解説するところへカズレーザーが登場。テレビ朝日宛にみうらから大量の荷物が送りつけられたと不満顔。

後ろのテレビモニターにはリモート出演中のみうらと白マスクと白ドレスを着用したラブドールが映し出された。白髪交じりの髭が伸びたみうらにカズレーザーが「晩年のジョン・レノンじゃないですよね」と緩めのツッコミ。ナレーションの「日本で最も不要不急の男」という言い得た称号に、私は大きく頷いた。

何故か「インドで修行中」と言い張るみうらにタモリが「インドに後ろの人形なんているわけない」と振ると「僕の秘書で、ちゃんとソーシャルディスタンスを守って、マスクも着けて、密は避けてます」と回答。背後の黒いソファは形状からイタリア製カッシーナのものと推測される。流石は一人電通。こういうところに電通臭が漂う。

タモリが何を送ったのかと改めて聞くと、4年前の企画「無いブーム」で、絶対にこのブームは来ないだろうと上から目線で呼びつけられたのが発端だと言う。オリンピック同様、4年経ったので新たな企画として送ったのだそう。

今回は、ブームとして来るか来ないかはタモリ倶楽部で判断して欲しいという。マイブームをはじめ数々のブームを生み出してきたが、その陰にある、箸にも棒にもかからないコレクションを取り上げたのが2016年放送の「ナイブーム」。

本人曰く「ブームはそこまで来ている」のだとか。今回の企画は「ナイブームとはもう言わせない!みうらじゅんの『絶対くるブーム』」。

テロップには「秘書の絵梨花さんも同席」とある。絵梨花という名前のラブドールにつけるあたりが無駄に芸が細かく、みうらじゅんらしい。

貴重品だそうで、白手袋を着用し最初の箱を開くタモリ。中に入っていたのはみうらじゅんファンにはお馴染みの冷蔵庫に貼るマグネット、通称「冷マ ブーム」。

冷蔵庫につけるマグネット仕様の販促アイテム「冷マ」を収集するブーム。みうらは1,996枚所有しているそう。素朴な疑問としてタモリがどうやって集めたのかを問うと、不要な冷マを募集をしたとのこと。

「冷マ四天王」とみうらが呼ぶのは「森末慎二」「ダンディ坂野」「柴田理恵・松村邦洋」「舞の海」。彼らは冷マタレントだそうだ。ダンディ坂野に至っては20ポーズもの冷マが作られているという。また、冷マタレントは冷マタレントということを前面に打ち出していないそう。

タモリがみうらの冷マを見つけると、冷マの製造元からみうらが60歳の時に直接声が掛り、作ることにしたと経緯を説明。みうらの冷マは彼の還暦を記念して作られたことがわかるように作製し、何を計るのかわからないが定規機能も追加しており、上部にメモリが印刷されているところが気に入っているそう。

もうそろそろブームは来ているはずだからカードショップで高額で取引されてもいい頃、と本人談であるが、カズレーザーはトレーディングカード購入のため、カードショップに行くが、まだ見た事が無いそう。

そこへ冷蔵庫4台に冷マがびっしりと貼られた姿を映したパネルが登場。みうらの解説「これだけでニューヨーク近代美術館のにおいがしますよね。完全にアートです」に対し、カズレーザーも「かっこいい!」と唸る一面も。とはいえ、ブームとして来るか来ないかとなるとタモリは「ちょっと…いや、こないだろうな」とまともな判断。

次の荷物を開封する前に、前回の「ナイブーム」のおさらい。

「カニパン」「シンス」「男キッス」「地獄表」「AMA」「テープカッター」「しびん」「バッグオブエイジーズ」の文字が並んだボードを持ち、進展があったか質問するカズレーザー。

カニパン(冬、主に関西地方の旅行代理店の店頭を赤く染めるカニツアーのパンフレットを集めるブーム)はあった、と断言するみうら。これまでは関西でしか見られなかったが、この企画の年には東京のJR駅構内でもカニパンが見られ、デザインも刷新されたという。

操業年を表すSince=シンスに注目するブームについては、タモリからシンスの写真がみうら宛に送られたそう。経緯としては個人宅の表札の上にシンスがあり、珍しさのあまりカメラに収めたそう。近年ではSince2020やSince20XX等も出回っているそうだ。進展があったのはこの2つのみ。

次のコレクションは一見掛け軸に見える、チープさ満載のタイの土産物屋「タイの軸=タイ軸ブーム」。

タイの土産物屋で売れ残っているものをみうらが購入しているそう。遠近法無視のラッセン風のデザイン「タイラッセン」をはじめ「3頭の象」「ムエタイ選手」「4頭の馬」を紹介。いずれも何故か黒い背景。床の間に飾るのであれば譲るというみうらが申し出るも「いらないですね」とあっさり拒否するタモリ。

次は打ち出の小鎚=ウッチーブームで収集した打ち出の小鎚が登場。

小鎚は大黒天が持っているが、初期の大黒天は小鎚を持っておらず、大黒天は日本にやってくる前、インドではシヴァ王の化身、マハーカーラとされているそうだ。シヴァ王のリンガ(男根を型どったシンボル)として大黒天は小鎚を持っているのではないかという仮説を披露。みうらは小鎚の事を考えるあまり、ヘアドライヤーを小鎚と間違える始末であったそう。中でもダイソン製については小鎚にインスパイアされて作ったと力説。

最後のブームは「ワッフルブーム」。道路脇の斜面などのがけ崩れを防ぐ「ワッフル」に注目するブームだそう。運転免許を持ってないみうらにとっては一期一会のブームだとか。実際のベルギーワッフル画像とみうらのワッフルコレクションを並べ、「どちらがワッフルか一見わからない」と小ボケのカズレーザー。

正式名称に疑問を持つカズレーザーはこの工事を主に取り扱う堀本興業の社長に電話インタビュー。業界では通称「法枠工(のりわくこう)」斜面=法面(のりめん)に枠を付けていく工事だそう。強引に社長からワッフル好きと引き出そうとするみうらに全乗っかりするやさしい堀本社長。業界的には専門的な工事となり行う業者は限られるそう。

カズレーザーが「撮れ高は十分なので終わりにしたいと。…燃えるゴミの日が近いので」とまとめようとすると「タモリ倶楽部がこういう事を追えないで燃えるゴミなんて言うなんて、世も末ですよ」と珍しく至極全うなコメント。という訳で次週に後半戦として続くことに。

みうらじゅんは他人から共感されないというパラドックスを楽しんであらゆるモノを収集、研究、発表している。(と思う) そこをやんわりとたしなめる役割は旧知の仲のタモリが担えばよく、カズレーザーの雑な否定は蛇足だったと思う。

本放送でも空耳アワーは放送されず。ソラミミストの安否が気になるところだ。

みうらじゅん原作・田口トモロヲ監督作品。青春のモヤモヤと悶々が本当によかったです。

タモリ倶楽部2020年7月3日放送回

コロナ感染者数ばかり声高に発表される一方、重症の患者数は減り続けていた。しかし、そんなのメディアには関係ない。不安をあおり集団ヒステリーを起こさせ、本当に大切な事に目を向けないように努めるのが彼らの使命なのだろう。

毎度おなじみ流浪の番組タモリ倶楽部では、おそらく企画に困った末、2週連続のグーグルストリートビューに偶然写り込んだ鉄道を探す「グー鉄」企画となった。今回は首都圏を離れ、全国でグー鉄を探す企画だ。先週に引き続き、タモリ、土屋怜央、市川沙椰、吉川正洋に加え、鉄道企画ではすっかりお馴染み、ホリプロの芸能マネージャー・南田裕介がこの回から参加した。

パソコンの画面に映る鉄道写真を一眼レフで撮影するという奇行で吉川正洋がツッコミを待つ中、「ストリートビューでオンライン撮り鉄偶然鉄道フォトコンテスト全国編」のナレーションが入る。お馴染みのオープニングと共に、「おうちてテツ分補給第2弾、ローカル線のグー鉄に挑戦」のテロップ。

市川紗椰の「SLを狙いませんか」の提案に、早速SLの停車する駅名「下今市」を挙げる吉川正洋。東武日光線、下今市駅に行くとすぐにSLの車体を見つける一同。流石はタモリ電車クラブのメンバーである。

次はタモリが九州を見たいとのことで、久大線を探すことに。グーグルストリートビューでは停車していた観光列車、湯布院の森号の車内が映し出され、一同興奮。しかし、これは偶然写っている鉄道ではないのでノーカウントとなる。そこで久大線を探索するも、鉄道と並走する道路も少なく、列車の本数も少ない為、由布院駅周辺でグー鉄を見つけ出すことは困難と判断し諦めることに。ここから南田マネージャーが参加。

司会進行している土屋怜央から手土産を促されると「平城宮跡」をグーグルマップで検索するよう指示。そこには近鉄奈良線が通っており、再建された朱雀門と近鉄特急が画面の中に納まるグー鉄を披露。南田マネージャーが命名したグー鉄のタイトルは「なんときれいな近鉄特急」。これは「なんと(710年)きれいな平城京」へのオマージュだそうだ。

次も南田マネージャーが岳南富士岡駅へ行くように指示。富士山のふもとに東海道新幹線が走る絶好のロケーション。この日のグーグルストリートビューの富士山の頂には雲がかかっており、「かさごってのもいいねぇ」とのタモリ評。

早稲田大学鉄道研究会からも秋田新幹線が田舎町を走るグー鉄、東京都都立大学鉄道研究会からは廃線となった北海道のJR根室本線が森の中を走るグー鉄を披露。

これらの触発され、我らがタモリ鉄道クラブは日本海沿岸を目指しJR五能線へ。捜索するもなかなか列車は見つからず、木造駅へ。駅の時計で撮影時間を確認し、この時間の列車運行状況を調べるも、収録時間がおしてしまい、断念。残念かるタモリ一同であったが、その後、番組ADが日本海をバックに単線の鉄道を走る美しい赤の鉄道車体を発見。

日本を縦横無尽に走る鉄道。その利便性と美しさを紹介した本企画であった。

雨宮まみ著:女子をこじらせて を読んでみた

先日読んだ能町みね子の「結婚の奴」で雨宮まみという人の存在を初めて知った。「グータンヌーボの章」で、女性ライターの枠にひとくくりに入れられると少々居心地が悪いものの、雨宮まみについては同業者と感じたと書かれていた。

残念ながらこの方は2016年に亡くなっていたが、雨宮まみについて強い思いを持って書かれていた。この方はご本人の自宅にて事故で亡くなったようなのだが、他の章では冷静な能町みね子が雨宮まみの死に対し、悲しみではなく苛立ちを持って対峙していた。興味が湧き、早速Kindleで2011年に出版された著書「女子をこじらせて」をダウンロードした。

数年前から「こじらせ女子」というワードがネット上に飛び交っていることはなんとなく知っていた。しかし、同世代の女性AVライターの著書から派生した言葉とは知らなかった。

読むほどに作者の闇に触れ、またしても私の心臓はちくちくしてしまった。共感できる部分が多すぎるのだ。女子としてのクオリティの低さを見て見ぬふりをしていたあの日。過剰なまでに卑下し「そんなことないよ」という言葉を待つ自分のさもしさ。能町みね子の言葉を借りて言えば、「全然違うふるさとの話をしているのに思い出がどこかで重なっている」のだ。

私は著者のようにバニーガールとして働いたことも無いし、AVに造詣も深くないし、友人の恋人と枕を交わしたことも無い。しかし、劣等感の元になるものはさほど変わらないのかもしれない。

私は今や死語となってしまったサブカルをこじらせ、女子をこじらせ、何者でも無い自分に対し劣等感を増幅させ、自分探しの旅先で道に迷ったままでいる。これは典型的な中二病の症状だろう。中二病を完治させることなどとっくに諦め、この病とはおそらく一生の付き合いになるだろうと私は腹をくくっている。

こじらせ上等! 

後藤輝樹の演説会に行ってみた

7月1日からスーパーで買い物をしたときに無料で配布されていたレジ袋が廃止となり、有料で販売されることとなった。都内では7月5日の東京都知事選挙に向けて22人が立候補し、都内で応援合戦を繰り返していた。

現職である小池百合子は選挙活動することなく、コロナ自粛の指揮を執るという名目の下、パチンコ店への名指しの糾弾、ロックダウン、ワイズペンディング等々の聞き慣れない横文字を並べ立て、正々堂々とメディア出続けた挙句、再選した。

私の自宅近くにはオリンピック選手村として建てられた立派なビル群がある。真新しいにもかかわらず既に廃墟の様相というパラドックスの手本のような建造物だ。何処かで見たような景色だなと思い出したのは、2002年に公開された「戦場のピアニスト」であった。

エイドリアン・ブロディ演じる主人公が、戦闘が終わり潜んでいた家から外に出てみると、人影など無い、がらんとした建物だけが左右に並んだ無機質な廃墟が立ち並ぶ光景が目の前に広がっていた。晴海のオリンピック選手村では戦闘こそ起こって無いが、人影がなく、等間隔で並ぶ建物は、巨大な映画セットと言われても信じてしまいそうな虚無感がある。この虚無感は小池百合子とよく似ていると思う。

折しも、彼女の半生が綴られた石井妙子著の「女帝」という作品が文芸春秋社から出版され、ベストセラーとなり、あちこちでレビューされた。作品は読んでないものの、小池百合子から感じていた気味の悪さを端的に解説したサムスン高橋の書評があり、腑に落ちた。

2016年、築地市場から豊洲の移転は彼女が都知事になる前から決まっていることだった。にも関わらず、意味の無い延期を決めた。その時から私は彼女が信用できない人間だと認識した。ウィキペディアによると、この延期で業者へ9億円の補償が行われたそうだ。

私は支持する政党など無いが、選挙には出来るだけ投票する善良な民だ。投票日当日に予定があれば期日前投票する程、善良だ。

今回は私が都民になって初めての都知事選挙で、都会の平和さに大変驚いた。私を驚かせたのは、後藤輝樹候補であった。私が彼に興味を持ったのは言論サイト「アゴラ」で取り上げられており、アゴラのフェロー宇佐美典也氏がツイッターで彼について言及していたからであった。

ツイッターから流れてくる評判はなかなかよいものであったし、彼のホームページ「後藤輝樹様オフィシャルサイト」で検索すれば表示される政策は、そう悪くない。一夫一妻制を改め、一妻多夫または一夫多妻、ベーシックインカムの導入、美容整形バウチャーの導入、NHKを国営放送に、等々。

そこで、家から割と近い銀座ブロッサムで投票日の前日に演説会を行うとのことだったので、行ってみた。

会場に行って早々、彼は選挙ポスターについて中央区の選挙管理委員会から連絡が入り、対応に追われているとかで、本人が登場するのは予定時刻を大幅に過ぎ、3時を回った頃だった。当初予想されていた本人登場時刻は2時30分であった。

紋付き袴で登場し、まずは客席も起立し国家斉唱。その後はYouTube動画でも見られる、小池百合子への表彰状を読み上げるという体裁での百合子批判。本人が意識しているかしていないかは不明だが、ビートたけしへのオマージュと取れないこともない。その後、紋付き袴をステージ上で脱ぎ、みすぼらしい黒いTシャツとジーンズ、汚れたスニーカーという出で立ちで政策について話し始めた。

そもそも私は多くの人の前に立つという事が前もってわかっているにも関わらず、汚らしい格好でやってくるという人を信用していない。自分の身の回りもきちんとできないのに、他の事が出来るとは考えにくい。

断っておくが、私はTシャツにジーンズという組み合わせが悪いと言っているのではない。Tシャツでもよいが、首元がくたびれたり色褪せたりしたTシャツでステージに上がるのはいただけない。そんな格好でステージに上がってよいのはバンドマンやラッパーぐらいだろう。

お金が無く、ポスターの画像はスマホの自撮りだろう。そこはいい。会場への案内もA4の紙に手書きだ。それもいい。しかしだ。私がこの選挙演説で感じたのは、高校生の文化祭感だった。奇をてらった俺。枠に収まらない俺。

凡庸なルックスの30代男性が全裸になり、性器の部分にモザイクをかけたセンスゼロの選挙ポスターの画像がツイッターで流れてきたのを見てウンザリしてしまった。ちなみに本人は大変気に入っているようで、この日もヌードポスターについては自画自賛であった。

都知事候補としては確かに異色だ。何しろ全裸ポスターだ。ただ、彼の奇抜さは手垢のついた奇抜さで、目新しいものが何一つ無い、凡庸な奇抜さ。決め台詞は「お前ら、愛してるぜ」。凡庸な奇抜さは安くて軽薄だ。

演説会の後は握手会と撮影会が行われ、会場に集まった男女が握手を求めて並んだ。いよいよ何がしたい人なのかがわからなくなった。

最後は彼の微妙な腕前の歌声を聴く羽目になった。自作の曲がこれまたノーセンスで詩も曲も酷いものであった。ひたすら自慰することについて何のひねりも無く繰り返し言及しているだけの歌であった。マスターベーションについて歌った、マスターベーションのような演説会であった。

彼のような凡庸なセンスの歌唱を聴くと、ゴッドタンの名物企画、「マジ歌選手権」がどれだけ素晴らしいかということを改めて思い知らされた。

唯一の救いはこの演説会に一人、まともな若い女性が来ていたことだ。彼女は後藤輝樹氏に政策について質問をした。まともな容姿の女性からまともな内容の質問をされたせいか、後藤輝樹氏本人が少々面食らい「記者の方ですか?」と確認していた程だ。この方はポスターに対する否定的な意見を率直に語られ、私もそれに大きく頷き、会場を後にしたのだった。

小池百合子の自己愛にも吐き気がするが、後藤輝樹の風変わりを装った凡庸さも1度経験すればそれ以上は必要ないと思う。

アーティストのろくでなし子さんが女性性器の3Dデータを所持していて逮捕される等の問題が過去に発生したが、2020年の日本は思想や言論の自由が案外守られており、平和な国だなと改めて思った都知事選挙であった。

本当に政治家を目指すならせめてこのくらいの計画性は欲しい。

タモリ倶楽部 2020年6月26日放送回

長雨の合間に見える青空のような番組、タモリ倶楽部。

今回はコロナ禍の影響を受けて初のリモート収録による鉄道企画。

ゲストとタモリを含む総勢4人でリモート収録によるグーグルストリートビューに偶然映った電車、通称「グー鉄」を皆で探す「ストリートビューでオンライン撮り鉄!偶然鉄道フォトコンテスト」。

ゲストはタモリ電車クラブではお馴染みのメンバー、吉川正洋、土屋礼央、市川紗椰。

30分の間に10枚のベスト鉄道ショットを全員で探し出すことが目標。我らがタモリは「ワンチームとかウィンウィンとか言ってる奴を絶対信用しないんだよ」と言いつつ渋々参加。早速名言、頂きました!

普段からストリートビューを利用し、カムチャッカ半島の先端に人がいるかどうか、といったことを調べているというIT派の一面を見せるタモリ。流石は「For the sophisticated people=洗練された人々」のサブタイトルがつくタモリ倶楽部のMCである。

タモリが引く鉄道くじにより、首都圏の鉄道路線を選び、吉川がストリートビュー画面を操作。

最初にタモリが引いた路線は横浜市と川崎市をつなぐJR鶴見線。鶴見駅周辺でみつけた、鶴見線と並んで走る路線湘南新宿ラインの車両をパチリ。

お次は千葉県成田市と東京・上野を結ぶ京成本線。道路と線路の高低差が無い地域を探し、実籾(みもみ)駅へ行くも、電車は見当たらず。

京成本線を引き続き探索し、町屋駅周辺へ。ビルに囲まれた高架を走る電車を発見。

3つ目は東京・仙台を結ぶ常磐線。茨城県牛久市(うしくし)中心に位置する牛久駅周辺で列車を探す。遠方に見える電車の車両に一同興奮。

ここで、グー鉄を見つけられなかった場合に備えて、慶応大学と東京都都立大学の鉄道研究会に発注してあったグー鉄の2作品を土屋が紹介。

最後は青梅線(おうめせん)は東京都福生駅(ふっさえき)でグー鉄探し。ストリートビューに写りこむ人々を見て、「この街は年寄りばっかりだな」とノー忖度で清々しいタモリ。

そんなところへ、真っすぐに伸びる線路を走るシルバーとオレンジの鉄道車両を発見。

ここで企画は終わりと思いきや、次週は全国の路線でグー鉄を探すことに。

普段の鉄道企画では鉄道会社の全面協力の元、実際に電車の車両を借り切ったり、車両工場や駅構内でのロケは何と贅沢だったのかと痛感したリモート収録。

今回の放送でも空耳アワーは無く、当然ソラミミスト・安斎肇の登場も無い、寂しい回であった。

ウィズコロナの新しい生活様式では、今後もこのように共演者同士が直接絡むことなど無くなっていくのだろうか。それともこのトレンドは一過性のものなのだろうか。ほんの数か月前迄の常識が葬り去られてしまったことを改めて感じさせられた。

とはいえ、タモリの近影を確認できるという意味では有難い放送であった。

タモリ倶楽部 2020年6月19日放送回

日本が世界に誇れる番組といえば、テレビ朝日の長寿番組タモリ倶楽部だろう。

5月2日からは女性ナレーター渡辺美佐の声となった。長年親しんでいた武田広のナレーションから増谷康紀に変わった時は違和感があったが、この変更は成功と言えるのでは無いだろうか。

そんなタモリ倶楽部であるが、先週に引き続きコロナ禍の影響によりロケが出来なかった為か、過去の放送を振り返る回となった。

今回のテーマは「振り返れば誰もいない ぶっちぎり!!孤高のマニア列伝」。

トップバッターは2013年6月28日放送、「空想地図マニア」の登場。

7歳の頃から地図を空想で描き始め、小学校5年生の頃には架空の都市、中村市(なごむるし)の地図の作成を開始した男性が登場する。

街には新幹線が通っており、新幹線も停車する人口156万人の都市だそうだ。これにタモリも即座に反応し「福岡市と同じくらいだね」とのこと。テロップには「福岡市人口約160万人(2020年5月現在)」と放送当時にはなかったであろう豆知識が追加された。

中村市にはこれまた架空の都道府県「京南府:けいなんふ」にあり、地図上には府庁舎があることから、府庁所在地であるようだ。

完成度の高い地図には架空のコンビニ・スーパーのロゴも数多く配置されており、マニアのこだわりに一同感嘆。

架空の都市で起こった架空の政治的背景も地図の中に見え隠れしており、中でも当初建設予定であった新幹線の駅は紆余曲折の上、京南府庁舎の近くに建設されることになったそうだ。

この回のゲストは伊集院光、後藤まり子、ドランクドラゴンの塚地武雅。

次に登場するのは2015年6月26日放送、「古文房具マニア」。

生産中止や絶滅寸前の古い文房具を骨董市やオークションなどで買い集めるマニアの登場。

明治時代にアメリカから輸入された珍しいホチキスを紹介し、そのホチキスで紙を綴る機能を確認。

古文房具マニアが最も力を入れているのが古い消しゴムで、放送時点で3000点程収集していたそうだ。この回ではその中でもマニア選りすぐりの消しゴムが紹介され、ヒノデワシなる国産メーカーの消しゴムや100年以上前のヨーロッパの消しゴムコレクションを披露。

ゲストは今、旬な人・アンジャッシュの児嶋一哉、大宮エリー、渡辺祐。

タモリ倶楽部の準レギュラーとも言えるみうらじゅんが登場し、残念なコレクションを検証する2016年6月10日放送、「ナイブームを振り返ろう」も有名人枠として入りこんだ。

蟹のパンフレットこと、カニパンを集めるみうらじゅんが関西の旅行代理店から収集したカニに舌鼓を打つ旅行のパンフレットが紹介された。みうらじゅん曰く、都内では見かけないパンフレットで、関西に行った時のみ収集可能だそうだ。

シンスブームについても言及。主に店の操業年・シンス(Since)が書かれた看板の写真を撮影しコレクションしており、各店のシンスについてみうらじゅんが解説するというものであった。

みうらじゅんはシンスブームの影響で家ではヒヤシンスを育て始めたという話も。

ゲストはみうらじゅん、Kinkikids堂本剛、テレビ朝日アナウンサーの久保田直子は司会進行で登場。

4人目は2018年1月26日放送の「辞書マニア」の男性。

辞書の校正の仕事をしているという男性は広辞苑の第一版の1刷から29刷までの刷り違いまで集めたという。これは各刷でのわずかな違いを見つけ出すためだそうだ。

コレクター本人の自宅に収集された6000点を超える事典は圧巻。また、冊ではなく点でカウントするのは、ひとつの百科事典シリーズなどのセット物が10冊あっても、1点という数え方となる為、冊数となると当然ながら6000冊は超えてしまうそうだ。

現在の漢和辞典の基礎となった、約300年前に中国で発行された康煕字典(こうきじてん)なる中国の字書も収集されており、90セットが本棚の一番上に積み上げられていた。

ゲストは東京03の角田晃広、山田五郎。

最後の登場となったのは2013年10月25日放送、一人で山岳ガイド映画の制作を行う「自分撮り山岳ガイド映画監督」の男性だ。

企画・主演・監督・撮影・編集・音響・ナレーションを行う為、監督みずからでカメラの設定、撮影を敢行し、自身の登山姿を撮影するというスタイルで、何とこれまでに250本もの作品を制作。

2008年には国民文化祭にて文部科学大臣賞を受賞しているという最高傑作、「妙義道(みょうぎどう)とその葛藤」が披露された。群馬県の妙義山の登山道・妙義道の険しさを映し出す映像と、監督の心の葛藤(外国で平穏に暮らす息子を想いながらも登山という過酷な事をしている自分自身の葛藤:本人談)が評価されたそうだ。

ゲストは映画監督の大根仁、伊集院光。

有名人枠のみうらじゅん以外は、放送後についても本人に問合せたらしく、コレクションの数も増えているという嬉しい情報も更新されていた。

能町みね子著:結婚の奴 を読んでみた

40代半ばで未だに結婚経験の無い私。2019年の調査によると、生涯未婚率は男性23.4%、女性14.1%だそうだ。この生涯未婚率というのは50歳までに1度も結婚したことが無い人のことなので、結婚したことの無い人というのは現代においてマイノリティらしい。

私は昔から子どもが欲しいという思いが希薄なせいか、結婚するとか、所帯を持つということがあまりピンとこなかった。加えて、異性から強く求められたことも無く、また、私が魅力を感じた異性は私に対してそれほど興味を持たないという具合で人生の大半を過ごしてしまい、恐らく私に恋愛は不向きなのであろうと少し前に結論を出したつもりであった。

もはや恋愛とは都市伝説とさえ思えるようになっていた。巷には恋愛話が数多く転がっているが、自身の身の上には何も起こらない。

指をくわえて待っているだけでそのような結論を出すのは時期尚早と思った私は、出会い系サイトに登録したし、お見合いパーティーへも参加した。それらを通じて積極的に異性と出会ったが、彼らとは瞬く間に疎遠になり、何も起こらなかったのである。何度か向かい合わせでコーヒーを飲み、話をしてみたものの、何も起こらない。自分の身の上には起こらない以上、恋愛は都市伝説だと思えばしっくりくる。

恋愛以外に楽しいこともあるだろうし、それもまた人生と開き直りつつ、東京に居を移し2年が経とうとしていた。

そこへ、新型コロナウィルス騒動が発生した。緊急事態宣言が発表され、あらゆる企業の活動自粛が奨励され、ステイホームの号令の下、人々は家に閉じこもざるを得なくなった。街はゴーストタウン宜しくシャッターが下り、人影が消え、ゾンビが歩いていても何ら不思議ではない様相と化した。

絶賛転職活動中であった私は職探しを中断せざるを得ず、好きな映画館や寄席にも行けず、狭い部屋の中で悶々と過ごす日々を送ることになり、死を強く意識した。

この場合の死とは、新型インフルエンザに疾患の末の死では無い。人は最終的には死を迎える。健康な人もそうでない人も、裕福な人もそうでない人も、美しい人もそうでない人も、例外無く必ず死ぬ。人生の終着点としての死を意識した。

私は誰にも触れられず、誰に触れることもなく、家の中で干からびて死んでいくのかと恐ろしくなった。この時、誰かと共に生きるということを意識した。恋愛は諦めた。でも、気心の知れた誰かと暮らすのもよいのではないか。そこで、この10年程、ごくたまに連絡を取っていた異性の友人に結婚を提案してみた。彼は驚きながらも、前向きに検討する、とのことだった。

そんなところに、この「結婚の奴」だ。

能町みね子の存在を知ったのは2005年頃だったと思う。

その頃、私は九州の田舎町で若さを消耗していた。

ネットサーフィンで時間をつぶす日々を送っており、お気に入りのサイトがいくつかできた。その中のひとつに「オカマだけどOLやってます」という個人ブログがあった。このブログを書いているブロガーその人が能町みね子であった。ブロガー本人が描いた自画像のイラストも可愛らしく、性同一性障害の男性が女性として働く日々が綴られた読み応えのあるブログであった。

その後、タイで性別適合手術を受け、晴れて女性となったのであるが、その頃は私も転職や家移りを繰り返す日々だったこともあり、以前程はネットサーフィン自体をしなくなっていった。※「オカマだけどOLやってます」は書籍化されている。

それから何年も経ち、そのサイトの事を忘れかけていたある日、週末の夜の番組「ヨルタモリ」に存在感のある金髪女性が出演していた。私にとっての2度目の能町みね子体験であった。

私が知らぬ間に著書を多数出版する人気作家となり、すっかり有名になっていた。それ以降、彼女は時折タモリ倶楽部に出演したり、彼女の名前のついた不定期番組に出演したりして、動く能町みね子を目にする機会が増えていた。

折しも時代はSNS。遅ればせながらアカウントを取得し、彼女のツイッターのフォローを開始したところ、くだんの著書が紹介されていた。

私は勝手に能町みね子は小説を書き始めたのだと思い込んでおり、フィクションとして読み進めていたのであるが、数ページ読んだ後、本当に彼女の身の上に起こったことを書いていると気が付いた。

本書は制度としての結婚を利用し、「恋愛感情の無い結婚」について綴っているものであった。

恋愛感情の介在しないことを双方合意の上での結婚への道のり。同居後も唇を重ねることなど皆無で進む結婚生活。

この「結婚」に大きく関わったであろう学生時代からライターとなってからの出来事がつぶさに描かれており、それらの出来事を読み進めるうちに思い出したことがあった。それは太宰治の小説を初めて読んだ時に感じた痛みだ。固くなったかさぶたを自分の爪でゆっくりと剥がしたが、傷口は癒えておらず、じゅくじゅくした皮膚があらわになったような鈍い痛み。

私は結婚を提案した相手と本当に結婚するのだろうか。もしかしたら、私たちは恋愛の後、結婚するのかもしれないし、結婚の後に恋愛するのかもしれない。恋愛にもならないし結婚にもならないかもしれない。とりあえず今は、どこまでできるのか、試してみようと思っている。

みんな、どうやって結婚したんだよ。それも2回も3回も。ズルい!

実践! タモリ生姜焼き

日本屈指のエンタティナ―、森田一義ことタモリ。

彼がホストを務めるこれまた素晴らしい番組「タモリ倶楽部」は昨今のコロナ自粛の影響か、過去の放送を振り返る番組構成が多くなった。

タモリの近影が見れないのは残念ではあるが、見逃した回や、懐かしい回に思いを馳せる事ができるので、それはそれで一興である。

そんな中、前回5月29日の放送回では過去のタモリレシピがまとめられていた。

そこで、タイトルにある「タモリ生姜焼き」である。クックパッドにも「タモリ流生姜焼き」や「タモさんお勧め!豚の生姜焼き」とあるが、この放送で実際にタモリが豚ロースに小麦粉をまぶす姿を愛でることが出来る。

そして、このタモリ直伝のレシピで作ってみた。

このレシピは本当に美味しいのだ。

今までの生姜焼きが何だったの?っていうくらい、美味しくて簡単なのだ。

今まで私が作ってきた豚の生姜焼きは薄切りの豚肉を、しょうが・しょうゆ・酒・みりんのタレにつけ込んでいたが、タモリはそんな事はしない。

彼の調理工程は以下の5工程のみ。

①豚肉に小麦粉をまぶす

②フライパンに小麦粉をまぶした豚肉を入れる

③中火にして、スライスした玉ねぎを豚肉の上に乗せる

④タレを玉ねぎの上からかけ入れる

⑤焼けるのを待つ

フライパンには油をひく必要もない。

簡単で美味しいなんてそんな素晴らしいことはない。

タモリも番組中に言っていたが、この方法だと小麦粉により旨味が閉じ込められ、かつ、タレに漬け込まないので肉が柔らかいままのだ。

タモさん、あんた最高だよ!

生姜焼きを作るならフライパンは必須だよ!

バルトリン腺のう胞を摘出してみた⑤

前回の診察にて処方された「ゲンタシン軟膏0.1%」を切開した患部に塗り込むことになった。

ベッドの上に手鏡を置き、片足をベッドに乗せ、鏡の上で股を広げると、鏡の中に陰部が映る。

閉じている陰部のヒダを開くべく、太ももの内側から手を皮膚引っ張ると、バルトリン腺を切開した傷口が見える。

「穴の横の穴・・・」と我ながら品の無いセリフを鏡越しにつぶやく。

「穴の横の穴」に軟膏をつけた綿棒の先を突っ込む。意外に綿棒が奥に入らない!しかし、穴の奥まで入るようにじわじわと綿棒で攻める。

何、この異物感。耐えなければ。

朝晩、1週間、攻め続けた後、満を持してクリニックを再訪した。

どうやら腫れは引いたようだ。もう薬も塗らなくてよいとのこと。

ただし、傷口が擦れないようにとのアドバイス。

・・・ということは、しばらくはTバックのパンティは履けないのか?

股間に食い込むが、下着の線が透けないお役立ちアイテム、Tバックが履けないなんて・・・!

仕方あるまい。この夏は下着の線を見せつけてタイトなボトムを着るか。

股間に違和感が残るものの、バルトリン腺を切開した傷口はまだ塞がっておらず、そのうち塞がるそうだ。

この夏、パンティの線がくっきり見える中年女性が都内を歩いていたら、それは私かもしれません。