タモリ倶楽部2020年7月24日放送回

オリンピックが開催される予定で作られた連休。政府は旅行を奨励し、東京都は自粛を要請し、タモリ倶楽部はいつもと変わらず放送された。

今回は久々に青空の下でのロケ。とはいえ、ソーシャルディスタンスは守らなければならない。お互いの距離が保てる企画ということで、テレビ朝日屋上テラスからの収録となった。

大都会・六本木での収録では東京タワーや六本木ヒルズ、カルロス・ゴーン氏の住んでいた元麻布ヒルズがしばしば画面に現れた。現在、港区某所に勤務する身として、馴染みの風景がテレビの前に広がるということが感慨深い。

タモリが登場し、いつもの挨拶をすると宮下草薙の宮下がリモートで登場し、タモリらのいるビルとは別のビルの屋上にいると話すも、その後、映像が止まる。

そこへおぎやはぎの矢作が「リモートあるあるですよ。止まっちゃうんですよ。電波とか回線が悪いと」タモリに説明。

「呼びましょうか、宮下」と映像が途切れたのを心配して入ってきたのは宮下草薙の草薙。「呼ばなくても大丈夫なのよ。あいつ、リモートやるからって手旗信号練習してるんですって」と制する矢作。

今回は50m離れたロング・ソーシャルディスタンスに対応可能な手旗信号の回。

「俺、わかんない、手旗信号」と言うタモリに「わかんないんですか?」と驚く矢作。そんなのお構いなしに向かいのビルから紅白の旗を振る宮下。彼はこの収録の為、一週間かけて手旗信号を覚えたのだった。

「おー、タモリ倶楽部って言ってるね」と適当なタモリ。

タモリは趣味で船舶を操縦するため、詳しいのでは?と矢作が聞くと「あれはね、軍隊系で海軍系だね」「試験には出ない」とあっさり否定。

ゲストは宮下草薙の2人、おぎやはぎの矢作兼は司会進行として登場。手旗信号を教えてくれるのは日本ボーイスカウト神奈川連盟横浜地区の井上一平さん。

基本となる旗の振り方を井上さんに教えてもらうも予想外に難しく、タモリが「今日はやめよう!」とボヤく微笑ましい事態に。手旗信号というのは日本語のカタナカの形をイメージして100年前に作られたと説明を受ける一同。

タモリがうっかり箱馬から降りていたところ、スタッフから注意を受ける場面も。出演者のソーシャルディスタンスを守る立ち位置の目安として箱馬に乗っての撮影なのだ。

カタカナの形を踏襲していない「ス」の手旗信号の指導を受けたところで、タモリが手にしている旗が逆という指摘が入る。手旗のルールとして、「右手に赤、左手に白の手旗を持つ」のだそうだ。

そうとも知らずお向かいのビルで待ちくたびれる宮下。そんな彼にお題の文字を与え、手旗信号で答えられるか確認することに。タモリ側が画用紙に書いた字を双眼鏡で確かめ「エ」や「ス」と手旗で解答する宮下。

次はタモリ側から覚えたての手旗信号で2文字を発信することに。最初に選んだ単語は「イカ」。タモリが「イ」、草薙が「カ」と手旗をするも、わからないという意味の赤の旗を振り返す宮下。草薙の手旗の振り方にだらしなさがある!姿勢が悪い!と指摘をするタモリ。

2度目の手旗で宮下は見事イカのジェスチャーを返し、一同安堵。

途中、「一々、箱馬に戻るのが日光猿軍団みたいで嫌だ」「屈辱だよ」と箱馬への不満を漏らすもソーシャルディスタンスを守るタモリ。

「ワニ」の手旗も見事に解答した宮下が、次は手旗をすることに。彼が送った言葉は「タモリハヤク」。早く進行しろってことではないかと井上さんが説明すると、「何言ってるんだ」「手旗信号は性格が出るな」と憤慨。慌てて草薙が「そんな奴じゃないと思ってた」とフォローするも、同じ言葉を送ってくる宮下。

イラっとしたタモリ達は「アホ」と手旗を送ると「バカ」と返事をする宮下。シンプルながらよいセンス。「なんだよあいつ」「生意気だよ」と言いつつ笑顔のタモリと矢作。ナレーションで「これ以上続けると宮下の嫌な部分が丸出しで取り返しのつかなくなりそうなので」という説明にて次はモールス信号で通信することに。

以前、アマチュア無線をやっていたタモリであるが、何年もしないと忘れるとの談。

待ちきれなくなったのか、向かいのビルから「お~い!次ください」「まだ?」と叫ぶ宮下。それを見て「何、声でやりとり出来るの?」と矢作。

モールス信号でタモリが「SOS」と送ると即座に宮下が「こっちのセリフ!」と絶叫。宮下は手旗信号と共に、モールス信号も一週間前から覚えたという。タモリが往年のアイドルデュオ、ピンクレディーの楽曲「SOS」でモールス信号が使われているという豆知識を披露している最中に「こっちも構って」と間の悪い宮下。

面倒になった矢作の指示により仕方無く井上さんが「オワリ」と手旗を送ると「オイ」と手旗を返す宮下。「また嫌な奴だね」とタモリ。「後でめちゃめちゃ怒っておきますから」という草薙の平謝りで番組は終了した。

テレビ東京の誇る深夜番組。おぎやはぎ・劇団ひとりの代表作「ゴッドタン」が本になって登場。

Waves

4連休の前日、小池都知事は外出自粛を都民に呼びかけた。

私は都政の政策ってバカだな、と思いながら映画館の席を予約した。

自粛期間が明けてから、映画館は映画を上映するようになったが、客席は一つ飛ばしでしか席を取れないようにした。客席数は以前の半分だ。

連休初日の雨の中、私は大好きな都バスに乗って墨田川を渡り、日比谷ミッドタウンのTOHOシネマズへ行き、アメリカ映画「Waves」を観た。

舞台はアメリカ・フロリダ州。ハンサムな黒人少年が恋人と晴れ渡った青空の下、ドライブデートをしているところから映画は始まる。主人公テイラーは高校生でレスリングのスター選手、家は金持ち、同級生の恋人は美人、スクールカーストの最上位にいる。

タイラーのキラキラ人生が猛スピードで坂道を転がり落ちる様を映し出すというのが前半で、後半は転がり落ちた主人公の地味な妹エミリーの視点から家族のつながりを見つめるという2部構成の作品だ。

タイラーの生活が暗転したのは複合的な理由なのだが、一番大きく関与していたのは父親であった。黒人でありながら裕福な生活が出来ているのは父親の並々ならぬ努力の結果であり、父はそれを自負している。そして、息子にも「お前の為」というキラーワードの下、同等の努力を押し付けていた。

とは言え、悲劇の引き金を引いたのはタイラー自身だ。

後半は妹のエミリーが視点となり物語は進む。エミリーは控えめだが、堅実で聡明な女の子でいてくれたお陰で、バラバラな家族は何とか繋ぎ止められる。

そして、家族の誰もが自分の事を悔いている。悔いたところで起こってしまったことはどうにもならないが、わかっていても悔いているところがいい。悔いているが誰もヒステリックに号泣せず、淡々と悔やむところもまたいい。

本作品を更に盛り上げたのは素晴らしいサウンドトラックだ。主人公たちの心理状態を表すのに相応しい良質な選曲は2000年に公開された「ヴァージン・スーサイズ」を彷彿とさせた。私が勝手に「音楽映画」というジャンルに振り分けている作品だ。ヴァージン・スーサイズは高校生の5人姉妹が主人公であった。

スクリーンには美しい肉体のレスリング部員達の練習風景や、若い男女がビーチでたわむれる姿、若者たちが夜の街を闊歩し青春を謳歌する姿が映し出された。根本敬漫画の主人公とは対極にいる人達だと思いながら、映像美に圧倒された。

根本敬以外にも思い出した漫画作品がある。

「お前の為」という美しい響きでつながったのは、ガロ系漫画家・山田花子の「花咲ける孤独」に収録されている「子リスの兄妹」だ。

兄のリスは「妹の為に」という名目で色々な事をしでかした。虫歯の妹の為に、かみ砕いたドロドロの食事を出したり、寝苦しそうだったからという理由で妹の毛を寝ている間に剃り落したり。妹にしてみれば余計なお世話だ。妹は最終的に兄を殺めた。「もっと早く始末しとくんだった」「こいつこそあたしの人生のガンだったのよ」という言葉を残して。

また、本作品の冒頭において前途有望な美しい若者達に少しづつほころびが生じてゆく様に、2001年に公開された「レクイエム・フォー・ドリーム」を思い出した。レクイエム・フォー・ドリームは登場人物全員が破滅する様が素晴らしい作品であったが、本作品Wavesでは再生できる可能性が示唆されていたところに救われる秀逸な作品であった。

ストーリー、映像、音楽、三拍子揃った良質の映画作品など、本当に稀だと思う。私は久々に映画を観て、大変興奮した。このような素晴らしい作品を映画館で堪能できて、とても幸せな時間であった。

山田花子が命を削って生み出した珠玉の作品集。

新宿眼科画廊へ行ってみた

2014年、自称芸術家が逮捕されたというニュースが飛び込んできた。女性器の3Dデータを知人男性に送ったことが、わいせつ物頒布等の罪となった。

その時、「自称芸術家」という意味不明の肩書が面白いと思った程度で、私は芸術としての女性器に思い入れも無かったので、そんな事件があったことなど忘れていた。

それから6年経った2020年の今年、私は自称芸術家「ろくでなし子」を再び目にした。6年の間、彼女は外国人ミュージシャンと国際結婚し、出産し、控訴していた。

彼女は真の意味でのフェミニストであることを知った。彼女の主張は一貫性があり、非常に好感が持てた。

私は1年程前に流行した「Kutoo運動」なる、ハイヒールに代表されるような服装規定を女性に課すことを問題視したフェミニスト達の活動を冷ややかに見ていた。

元々はハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによるセクシャル・ハラスメントを告発する際に「MeToo運動」として被害女優達が賛同し、その結果、大物プロデューサーは逮捕されるに至った。

しかし、「KuToo運動」はどう考えてもそれを劣化させていた。靴と苦痛をかけた駄洒落はデーブ・スペクター的センスのキャッチコピーであった。

話を戻そう。真のフェミニスト・ろくでなし子である。

彼女の作品が7月22日まで、新宿眼科画廊「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展で展示されているというので山手線を半周し、はるばる新宿まで行ってきたのである。

彼女の「MANKO」というキャラクターは女性器を簡略化させたサッパリしたデザインで、クマモンと同じく凡庸なキュートさがあった。

MANKOのロゴはどこかで見たことのあるような丸っこいフォントのロゴで、既存の玩具メーカーを踏襲しており、そのセンスもよいと感じた。MANKOはサンリオのドル箱キャラ「ハロー・キティ」のおもちゃの家の中で、同じくキュートで凡庸な警官人形とリビングでくつろいでいる。

キティちゃんの家の横は交番にも見える建物があり、鉄格子の中にMANKOがたたずんていたりとなかなか示唆に富んだ作品であった。

芸術家・ろくでなし子の作品の隣にはガロ系漫画家である根本敬の奇妙な作品が展示されていた。美しくない容姿の男女の半裸の写真であるとかだ。

根本敬は私がガロを愛読していた1990年代後半、「特殊漫画家」として活躍しており、醜い中年男性が主人公の救えない話ばかりの作品に惹かれた事を思い出した。美しい男女が恋をしたり、恋を失ったりする漫画に溢れている中、リアリズムを表現した根本敬に共感した。

「鬼畜悪趣味カルチャーの先駆者」という紹介にも、私は「なるほど」とうなずいた。

他の作家の作品も様々で、朽ち果てた遺体の写真や、人間の皮膚に直接つりばりのようなものを打ち込み体を吊り上げている写真に、思わず一歩、後ずさりしてしまう衝撃作品の数々であった。

私が最初に買ったのは他のバージョンの「生きる」でした。

タモリ倶楽部2020年7月17日放送回

先週からみうらじゅんやら蛭子能収の事を考えていたら、「ガロ」の正統後継漫画誌「アックス」の表紙原画展がビリケン・ギャラリーにて開催されていることを知った。

更に「ガロ作家」である根本敬も参加しているエキシビジョン「バーストジェネレーション・死とSEX」にも訪れ、我ながらサブカルな週末であった。

特に我が国屈指のお洒落エリア・南青山にあるビリケン・ギャラリーで開催された「アックス表紙原画展」では展示した原画をその場で販売しており、その多くが既に売却済みとなっていた。

みうらじゅんと根本敬に次々とお題を与え、即興で既存のキャラクターを描いた、という結構な量のイラストもクリアファイルにまとめて展示されており、流石の実力に感嘆した。

毎度お馴染み流浪の番組タモリ倶楽部では、先週に引き続きみうらじゅんによる「ないブームとはもう言わせない!みうらじゅんの『絶対くるブーム』後編(リブート)」。今週もゲストは司会進行のカズレーザーとリモートでプレゼンを行うみうらじゅん。

カズレーザーの失言「ゴミ」に対する抗議から番組はスタート。

後編の一発目は地図に描かれた道路の端が丸くなっているものを「マルチーズ」と呼んでおり、収集しているという。みうらが説明を終えた途端、次に行きたがるタモリであったが、一応話を聞くことに。

みうらによると、歯医者の地図にはマルチーズが多く、水商売のホステスが使う角が無い名刺を思い起こさせるそう。長方形の名刺の角を丸くしているのは、「角が立たない=思いやり」から来ているそうで、その思いやりを地図に取り入れた結果、子どもが怖くないように道路の先端が丸くなったのではとの推論を披露。しかし、「子どもは地図見ながら歯医者には行かないでしょ」とツッコむタモリ。

地図の形状についても、漢字「米」のような放射状の地図、「井」のように交差する形状の地図、また「エレクト目(もく)」については、必ず目的地には「ココ」という記載があるという。ソフトな下ネタに一同、口が緩む。

次の「絶対くるブーム」は台湾を代表する博物館「故宮博物院」の所蔵品・肉型石、通称「角煮」のグッズを収集しているという。以前、台湾を訪れた際、翡翠(ひすい)の彫刻、通称・白菜が貸し出されてしまい、角煮のみが故宮博物院に展示されており、ソロで大丈夫か?と心配になったそう。それ以来、台湾国内で角煮のグッズを集めることにしたそう。意外と多い角煮グッズは、スノードーム、冷マから果てはレゴまでがあり、台湾にはどうか角煮を流行らせようとした電通のような人がいたのでは?と推測。

ここでカズレーザーが昨今のトレンドであるミニマリストとは真逆ではないかと投げかけるも、「資料ですから、捨てるとかそういう範囲には入って無いんです」と潔く答えるみうら。

早々に飽きたタモリが「次にいきましょうか」と促すと「現場にいればタモリさんが飽きたのはすぐわかるんですが、(リモートだと)わからないので、すみません」と平謝り。

7番目の絶対くるブームは「拓映えブーム」。石碑や金属の文字を写し取ってインスタグラムのように映えさせるというブーム。なんと、みうらじゅんの亡くなった祖父が拓本の著書を出版したのだが、上巻・中巻まで出したものの、下巻を出さないまま亡くなり、いつかそれを引き継ごうと思っていたそう。

製作方法であるが、拓本したい文字の上に紙を置き、「釣鐘墨(つりがねずみ)」なる墨で擦れば簡単に拓本が取れるというものを紹介。みうらもこれを使い拓本しているという。

いくつかの作品の中から「わたしのみうらじゅん」と書かれた拓本を披露。これを「集め拓」と呼び、色々な場所からこれらの文字のみを収集して拓本したそう。

映像ではなく、拓本という一手間をかけた方が味が出るそうで、シンスの拓本も披露。御朱印、日本刀ブームが来ている中、拓本はその先を行っており、面白いのではと好感触のタモリ。

カズレーザーもそれに乗っかり「拓本で番組一本イケますね」。

それを聞き逃さないのが我らがみうらじゅん。「これはプレゼン会議じゃないですよね、放送しますよね、映りますよね」と心配するみうら。

8番目の絶対くるブームはゴム製のワニを集めた「ワニック ブーム」。

「以前、ゴムヘビを集めたブームがあると嘘をついたことあったじゃないですか」と以前のブームが捏造であったことを大胆に白状するみうらに一同苦笑い。

今回のワニについてもヘビが関係しており、祭りの露店でゴムヘビとゴムワニは必ずペアで売られているという。

蛇は神の使いという意味があり、ワニはインドのガンガー(ガンジス川を神格化した女神)の乗り物、クンビーラだったそう。ワニはガンジス川の化身と言われ、クンビーラが日本では金毘羅と呼ばれるようになったという。水回りの神様がワニであることからお祭りの時に神社の参道で売られるようになったそう。

しかし、世間的にはワニブームは何度か失敗しており、1980年に製作された映画「アリゲーター」は同年の作品「ジョーズ」の大ヒットにより無かったことになり、1986年に制作された「クロコダイル・ダンディー」では「ダンディー」に持って行かれてしまったそう。

その上、今、日本でワニが手に入るところはラコステと熱川バナナワニ園くらいしか無いと嘆くみうら。

カズレーザーが「100日後に死ぬワニ」はどうだと提案するも、方向性が違うそうで即却下。

2週続けて計8本の「絶対くるブーム」を紹介し、タモリがいいと思ったのは「拓本」。ここで番組の総括として「『絶対くる』って言って『来ないだろう』って笑っているのはタモリ倶楽部側ですからね。僕はもう来てるので」とみうら。

最後にタモリも「じゃあ、これは処分で・・・」と嬉しそうに言うと、早速「まだ収録終わってませんから、聞こえてますよ!」とツッコむみうら。追い打ちをかけるように「ゴミの日は火曜日ってことはわかってるので」とカズレーザー。ここで番組はエンディングを迎えた。

こちらも名著!みうらじゅんの思想が詰まった「正しい保健体育」。
教科書と見まごうばかりの装丁にもセンスが光る。中二病のバイブルです。

蛭子能収の認知症ニュースで思い出したこと

サブカルチャーという言葉がサブカルという略語になったのはいつ頃だろう。

サブカルを目指した覚えは無いが、好きなものがサブカルというジャンルに振り分けられることが多かった。その中のひとつに蛭子能収の漫画があった。

蛭子能収の面白エピソードについては枚挙にいとまが無いし、ウィキペディアにも多数載っており、そちらを参考にして頂きたい。

私がガロを読むようになった頃、蛭子能収は既に漫画家ではなくテレビタレントとして認知されている人だった。しかし、私にとってはガロ漫画家として尊敬の対象であった。

90年代の前半くらいだったと思う。ガロのカバーページに蛭子能収が登場し、特集が組まれた。しかしその頃、既にテレビの人になっていたせいか、骨のある作品を描くことは少なくなっていた。その代わり・・・かどうかはわからないが、過去の珠玉の作品の中から、代表作品ともなった「地獄に堕ちた教師ども」が再掲された。

蛭子漫画の登場人物たちは陰影を強めに描かれた。主人公となるのは教師だとかセールスマンだとか、わりとどこにでもいるスーツを着るような職業に就いた中年男性で、彼らが唐突に怒りを爆発させ、その挙句、大して関係の無い他人をあっけなく殺めてしまう、という突飛なストーリーが多かった。

蛭子漫画には暴力性や狂気はあるが、私は読んでいて闇を感じたことは無かった。阿部公房の作品を読んだ時にもこれに近い感覚を抱いた。私が初めて買った蛭子能収の単行本もやはりこの「地獄に堕ちた教師ども」だった。

当時はインターネットはおろか、携帯電話も普及していない頃で、本を買うには本屋に行き、店頭に無い作品はその場で注文するしかなかった。そして、1990年代でさえも既に絶版となっていた蛭子作品を田舎町で入手するのは困難であった。

出版された単行本のタイトルも個性的で「私はバカになりたい」だの「私の彼は意味がない」だの「馬鹿バンザイ!」というといった具合だった。店頭で注文するときに少々恥ずかしい思いをするほど、私は純情であった。妙齢だった私が尖りに尖った作品に感銘を受けたのはもう30年近くも前なのだ。

転居を繰り返した私の手元に、蛭子作品は無くなってしまったが、多感な頃に蛭子漫画に触れることが出来たのは、私の人生にとって収穫だったと思う。

軽度の認知症という診断を下されてしまったが、一貫して正直者であるが故の「ちょっとおかしな人」という立ち位置にこれからもいて欲しいと願う。

蛭子能収の狂気に触れることの出来る作品。名作です。

タモリ倶楽部2020年7月10日放送回

毎度お馴染み流浪の番組タモリ倶楽部。今回もコロナ余波によりロケが出来ない為か、スタジオ収録となった。日本最高峰のエンタティナ―・タモリの体調を考えると、リスクは少ないに越したことはないが、いつもの寸劇が路上で行われないのは寂しいものがある。

今回のタモリ倶楽部ではお馴染みのみうらじゅん、司会進行役としてメイプル超合金のカズレーザーがゲスト。

ストライプのシャツを着用し初夏にふさわしく爽やかな装いのタモリがステイホームの影響で家庭でパンを作るのがブームと解説するところへカズレーザーが登場。テレビ朝日宛にみうらから大量の荷物が送りつけられたと不満顔。

後ろのテレビモニターにはリモート出演中のみうらと白マスクと白ドレスを着用したラブドールが映し出された。白髪交じりの髭が伸びたみうらにカズレーザーが「晩年のジョン・レノンじゃないですよね」と緩めのツッコミ。ナレーションの「日本で最も不要不急の男」という言い得た称号に、私は大きく頷いた。

何故か「インドで修行中」と言い張るみうらにタモリが「インドに後ろの人形なんているわけない」と振ると「僕の秘書で、ちゃんとソーシャルディスタンスを守って、マスクも着けて、密は避けてます」と回答。背後の黒いソファは形状からイタリア製カッシーナのものと推測される。流石は一人電通。こういうところに電通臭が漂う。

タモリが何を送ったのかと改めて聞くと、4年前の企画「無いブーム」で、絶対にこのブームは来ないだろうと上から目線で呼びつけられたのが発端だと言う。オリンピック同様、4年経ったので新たな企画として送ったのだそう。

今回は、ブームとして来るか来ないかはタモリ倶楽部で判断して欲しいという。マイブームをはじめ数々のブームを生み出してきたが、その陰にある、箸にも棒にもかからないコレクションを取り上げたのが2016年放送の「ナイブーム」。

本人曰く「ブームはそこまで来ている」のだとか。今回の企画は「ナイブームとはもう言わせない!みうらじゅんの『絶対くるブーム』」。

テロップには「秘書の絵梨花さんも同席」とある。絵梨花という名前のラブドールにつけるあたりが無駄に芸が細かく、みうらじゅんらしい。

貴重品だそうで、白手袋を着用し最初の箱を開くタモリ。中に入っていたのはみうらじゅんファンにはお馴染みの冷蔵庫に貼るマグネット、通称「冷マ ブーム」。

冷蔵庫につけるマグネット仕様の販促アイテム「冷マ」を収集するブーム。みうらは1,996枚所有しているそう。素朴な疑問としてタモリがどうやって集めたのかを問うと、不要な冷マを募集をしたとのこと。

「冷マ四天王」とみうらが呼ぶのは「森末慎二」「ダンディ坂野」「柴田理恵・松村邦洋」「舞の海」。彼らは冷マタレントだそうだ。ダンディ坂野に至っては20ポーズもの冷マが作られているという。また、冷マタレントは冷マタレントということを前面に打ち出していないそう。

タモリがみうらの冷マを見つけると、冷マの製造元からみうらが60歳の時に直接声が掛り、作ることにしたと経緯を説明。みうらの冷マは彼の還暦を記念して作られたことがわかるように作製し、何を計るのかわからないが定規機能も追加しており、上部にメモリが印刷されているところが気に入っているそう。

もうそろそろブームは来ているはずだからカードショップで高額で取引されてもいい頃、と本人談であるが、カズレーザーはトレーディングカード購入のため、カードショップに行くが、まだ見た事が無いそう。

そこへ冷蔵庫4台に冷マがびっしりと貼られた姿を映したパネルが登場。みうらの解説「これだけでニューヨーク近代美術館のにおいがしますよね。完全にアートです」に対し、カズレーザーも「かっこいい!」と唸る一面も。とはいえ、ブームとして来るか来ないかとなるとタモリは「ちょっと…いや、こないだろうな」とまともな判断。

次の荷物を開封する前に、前回の「ナイブーム」のおさらい。

「カニパン」「シンス」「男キッス」「地獄表」「AMA」「テープカッター」「しびん」「バッグオブエイジーズ」の文字が並んだボードを持ち、進展があったか質問するカズレーザー。

カニパン(冬、主に関西地方の旅行代理店の店頭を赤く染めるカニツアーのパンフレットを集めるブーム)はあった、と断言するみうら。これまでは関西でしか見られなかったが、この企画の年には東京のJR駅構内でもカニパンが見られ、デザインも刷新されたという。

操業年を表すSince=シンスに注目するブームについては、タモリからシンスの写真がみうら宛に送られたそう。経緯としては個人宅の表札の上にシンスがあり、珍しさのあまりカメラに収めたそう。近年ではSince2020やSince20XX等も出回っているそうだ。進展があったのはこの2つのみ。

次のコレクションは一見掛け軸に見える、チープさ満載のタイの土産物屋「タイの軸=タイ軸ブーム」。

タイの土産物屋で売れ残っているものをみうらが購入しているそう。遠近法無視のラッセン風のデザイン「タイラッセン」をはじめ「3頭の象」「ムエタイ選手」「4頭の馬」を紹介。いずれも何故か黒い背景。床の間に飾るのであれば譲るというみうらが申し出るも「いらないですね」とあっさり拒否するタモリ。

次は打ち出の小鎚=ウッチーブームで収集した打ち出の小鎚が登場。

小鎚は大黒天が持っているが、初期の大黒天は小鎚を持っておらず、大黒天は日本にやってくる前、インドではシヴァ王の化身、マハーカーラとされているそうだ。シヴァ王のリンガ(男根を型どったシンボル)として大黒天は小鎚を持っているのではないかという仮説を披露。みうらは小鎚の事を考えるあまり、ヘアドライヤーを小鎚と間違える始末であったそう。中でもダイソン製については小鎚にインスパイアされて作ったと力説。

最後のブームは「ワッフルブーム」。道路脇の斜面などのがけ崩れを防ぐ「ワッフル」に注目するブームだそう。運転免許を持ってないみうらにとっては一期一会のブームだとか。実際のベルギーワッフル画像とみうらのワッフルコレクションを並べ、「どちらがワッフルか一見わからない」と小ボケのカズレーザー。

正式名称に疑問を持つカズレーザーはこの工事を主に取り扱う堀本興業の社長に電話インタビュー。業界では通称「法枠工(のりわくこう)」斜面=法面(のりめん)に枠を付けていく工事だそう。強引に社長からワッフル好きと引き出そうとするみうらに全乗っかりするやさしい堀本社長。業界的には専門的な工事となり行う業者は限られるそう。

カズレーザーが「撮れ高は十分なので終わりにしたいと。…燃えるゴミの日が近いので」とまとめようとすると「タモリ倶楽部がこういう事を追えないで燃えるゴミなんて言うなんて、世も末ですよ」と珍しく至極全うなコメント。という訳で次週に後半戦として続くことに。

みうらじゅんは他人から共感されないというパラドックスを楽しんであらゆるモノを収集、研究、発表している。(と思う) そこをやんわりとたしなめる役割は旧知の仲のタモリが担えばよく、カズレーザーの雑な否定は蛇足だったと思う。

本放送でも空耳アワーは放送されず。ソラミミストの安否が気になるところだ。

みうらじゅん原作・田口トモロヲ監督作品。青春のモヤモヤと悶々が本当によかったです。

タモリ倶楽部2020年7月3日放送回

コロナ感染者数ばかり声高に発表される一方、重症の患者数は減り続けていた。しかし、そんなのメディアには関係ない。不安をあおり集団ヒステリーを起こさせ、本当に大切な事に目を向けないように努めるのが彼らの使命なのだろう。

毎度おなじみ流浪の番組タモリ倶楽部では、おそらく企画に困った末、2週連続のグーグルストリートビューに偶然写り込んだ鉄道を探す「グー鉄」企画となった。今回は首都圏を離れ、全国でグー鉄を探す企画だ。先週に引き続き、タモリ、土屋怜央、市川沙椰、吉川正洋に加え、鉄道企画ではすっかりお馴染み、ホリプロの芸能マネージャー・南田裕介がこの回から参加した。

パソコンの画面に映る鉄道写真を一眼レフで撮影するという奇行で吉川正洋がツッコミを待つ中、「ストリートビューでオンライン撮り鉄偶然鉄道フォトコンテスト全国編」のナレーションが入る。お馴染みのオープニングと共に、「おうちてテツ分補給第2弾、ローカル線のグー鉄に挑戦」のテロップ。

市川紗椰の「SLを狙いませんか」の提案に、早速SLの停車する駅名「下今市」を挙げる吉川正洋。東武日光線、下今市駅に行くとすぐにSLの車体を見つける一同。流石はタモリ電車クラブのメンバーである。

次はタモリが九州を見たいとのことで、久大線を探すことに。グーグルストリートビューでは停車していた観光列車、湯布院の森号の車内が映し出され、一同興奮。しかし、これは偶然写っている鉄道ではないのでノーカウントとなる。そこで久大線を探索するも、鉄道と並走する道路も少なく、列車の本数も少ない為、由布院駅周辺でグー鉄を見つけ出すことは困難と判断し諦めることに。ここから南田マネージャーが参加。

司会進行している土屋怜央から手土産を促されると「平城宮跡」をグーグルマップで検索するよう指示。そこには近鉄奈良線が通っており、再建された朱雀門と近鉄特急が画面の中に納まるグー鉄を披露。南田マネージャーが命名したグー鉄のタイトルは「なんときれいな近鉄特急」。これは「なんと(710年)きれいな平城京」へのオマージュだそうだ。

次も南田マネージャーが岳南富士岡駅へ行くように指示。富士山のふもとに東海道新幹線が走る絶好のロケーション。この日のグーグルストリートビューの富士山の頂には雲がかかっており、「かさごってのもいいねぇ」とのタモリ評。

早稲田大学鉄道研究会からも秋田新幹線が田舎町を走るグー鉄、東京都都立大学鉄道研究会からは廃線となった北海道のJR根室本線が森の中を走るグー鉄を披露。

これらの触発され、我らがタモリ鉄道クラブは日本海沿岸を目指しJR五能線へ。捜索するもなかなか列車は見つからず、木造駅へ。駅の時計で撮影時間を確認し、この時間の列車運行状況を調べるも、収録時間がおしてしまい、断念。残念かるタモリ一同であったが、その後、番組ADが日本海をバックに単線の鉄道を走る美しい赤の鉄道車体を発見。

日本を縦横無尽に走る鉄道。その利便性と美しさを紹介した本企画であった。

雨宮まみ著:女子をこじらせて を読んでみた

先日読んだ能町みね子の「結婚の奴」で雨宮まみという人の存在を初めて知った。「グータンヌーボの章」で、女性ライターの枠にひとくくりに入れられると少々居心地が悪いものの、雨宮まみについては同業者と感じたと書かれていた。

残念ながらこの方は2016年に亡くなっていたが、雨宮まみについて強い思いを持って書かれていた。この方はご本人の自宅にて事故で亡くなったようなのだが、他の章では冷静な能町みね子が雨宮まみの死に対し、悲しみではなく苛立ちを持って対峙していた。興味が湧き、早速Kindleで2011年に出版された著書「女子をこじらせて」をダウンロードした。

数年前から「こじらせ女子」というワードがネット上に飛び交っていることはなんとなく知っていた。しかし、同世代の女性AVライターの著書から派生した言葉とは知らなかった。

読むほどに作者の闇に触れ、またしても私の心臓はちくちくしてしまった。共感できる部分が多すぎるのだ。女子としてのクオリティの低さを見て見ぬふりをしていたあの日。過剰なまでに卑下し「そんなことないよ」という言葉を待つ自分のさもしさ。能町みね子の言葉を借りて言えば、「全然違うふるさとの話をしているのに思い出がどこかで重なっている」のだ。

私は著者のようにバニーガールとして働いたことも無いし、AVに造詣も深くないし、友人の恋人と枕を交わしたことも無い。しかし、劣等感の元になるものはさほど変わらないのかもしれない。

私は今や死語となってしまったサブカルをこじらせ、女子をこじらせ、何者でも無い自分に対し劣等感を増幅させ、自分探しの旅先で道に迷ったままでいる。これは典型的な中二病の症状だろう。中二病を完治させることなどとっくに諦め、この病とはおそらく一生の付き合いになるだろうと私は腹をくくっている。

こじらせ上等! 

後藤輝樹の演説会に行ってみた

7月1日からスーパーで買い物をしたときに無料で配布されていたレジ袋が廃止となり、有料で販売されることとなった。都内では7月5日の東京都知事選挙に向けて22人が立候補し、都内で応援合戦を繰り返していた。

現職である小池百合子は選挙活動することなく、コロナ自粛の指揮を執るという名目の下、パチンコ店への名指しの糾弾、ロックダウン、ワイズペンディング等々の聞き慣れない横文字を並べ立て、正々堂々とメディア出続けた挙句、再選した。

私の自宅近くにはオリンピック選手村として建てられた立派なビル群がある。真新しいにもかかわらず既に廃墟の様相というパラドックスの手本のような建造物だ。何処かで見たような景色だなと思い出したのは、2002年に公開された「戦場のピアニスト」であった。

エイドリアン・ブロディ演じる主人公が、戦闘が終わり潜んでいた家から外に出てみると、人影など無い、がらんとした建物だけが左右に並んだ無機質な廃墟が立ち並ぶ光景が目の前に広がっていた。晴海のオリンピック選手村では戦闘こそ起こって無いが、人影がなく、等間隔で並ぶ建物は、巨大な映画セットと言われても信じてしまいそうな虚無感がある。この虚無感は小池百合子とよく似ていると思う。

折しも、彼女の半生が綴られた石井妙子著の「女帝」という作品が文芸春秋社から出版され、ベストセラーとなり、あちこちでレビューされた。作品は読んでないものの、小池百合子から感じていた気味の悪さを端的に解説したサムスン高橋の書評があり、腑に落ちた。

2016年、築地市場から豊洲の移転は彼女が都知事になる前から決まっていることだった。にも関わらず、意味の無い延期を決めた。その時から私は彼女が信用できない人間だと認識した。ウィキペディアによると、この延期で業者へ9億円の補償が行われたそうだ。

私は支持する政党など無いが、選挙には出来るだけ投票する善良な民だ。投票日当日に予定があれば期日前投票する程、善良だ。

今回は私が都民になって初めての都知事選挙で、都会の平和さに大変驚いた。私を驚かせたのは、後藤輝樹候補であった。私が彼に興味を持ったのは言論サイト「アゴラ」で取り上げられており、アゴラのフェロー宇佐美典也氏がツイッターで彼について言及していたからであった。

ツイッターから流れてくる評判はなかなかよいものであったし、彼のホームページ「後藤輝樹様オフィシャルサイト」で検索すれば表示される政策は、そう悪くない。一夫一妻制を改め、一妻多夫または一夫多妻、ベーシックインカムの導入、美容整形バウチャーの導入、NHKを国営放送に、等々。

そこで、家から割と近い銀座ブロッサムで投票日の前日に演説会を行うとのことだったので、行ってみた。

会場に行って早々、彼は選挙ポスターについて中央区の選挙管理委員会から連絡が入り、対応に追われているとかで、本人が登場するのは予定時刻を大幅に過ぎ、3時を回った頃だった。当初予想されていた本人登場時刻は2時30分であった。

紋付き袴で登場し、まずは客席も起立し国家斉唱。その後はYouTube動画でも見られる、小池百合子への表彰状を読み上げるという体裁での百合子批判。本人が意識しているかしていないかは不明だが、ビートたけしへのオマージュと取れないこともない。その後、紋付き袴をステージ上で脱ぎ、みすぼらしい黒いTシャツとジーンズ、汚れたスニーカーという出で立ちで政策について話し始めた。

そもそも私は多くの人の前に立つという事が前もってわかっているにも関わらず、汚らしい格好でやってくるという人を信用していない。自分の身の回りもきちんとできないのに、他の事が出来るとは考えにくい。

断っておくが、私はTシャツにジーンズという組み合わせが悪いと言っているのではない。Tシャツでもよいが、首元がくたびれたり色褪せたりしたTシャツでステージに上がるのはいただけない。そんな格好でステージに上がってよいのはバンドマンやラッパーぐらいだろう。

お金が無く、ポスターの画像はスマホの自撮りだろう。そこはいい。会場への案内もA4の紙に手書きだ。それもいい。しかしだ。私がこの選挙演説で感じたのは、高校生の文化祭感だった。奇をてらった俺。枠に収まらない俺。

凡庸なルックスの30代男性が全裸になり、性器の部分にモザイクをかけたセンスゼロの選挙ポスターの画像がツイッターで流れてきたのを見てウンザリしてしまった。ちなみに本人は大変気に入っているようで、この日もヌードポスターについては自画自賛であった。

都知事候補としては確かに異色だ。何しろ全裸ポスターだ。ただ、彼の奇抜さは手垢のついた奇抜さで、目新しいものが何一つ無い、凡庸な奇抜さ。決め台詞は「お前ら、愛してるぜ」。凡庸な奇抜さは安くて軽薄だ。

演説会の後は握手会と撮影会が行われ、会場に集まった男女が握手を求めて並んだ。いよいよ何がしたい人なのかがわからなくなった。

最後は彼の微妙な腕前の歌声を聴く羽目になった。自作の曲がこれまたノーセンスで詩も曲も酷いものであった。ひたすら自慰することについて何のひねりも無く繰り返し言及しているだけの歌であった。マスターベーションについて歌った、マスターベーションのような演説会であった。

彼のような凡庸なセンスの歌唱を聴くと、ゴッドタンの名物企画、「マジ歌選手権」がどれだけ素晴らしいかということを改めて思い知らされた。

唯一の救いはこの演説会に一人、まともな若い女性が来ていたことだ。彼女は後藤輝樹氏に政策について質問をした。まともな容姿の女性からまともな内容の質問をされたせいか、後藤輝樹氏本人が少々面食らい「記者の方ですか?」と確認していた程だ。この方はポスターに対する否定的な意見を率直に語られ、私もそれに大きく頷き、会場を後にしたのだった。

小池百合子の自己愛にも吐き気がするが、後藤輝樹の風変わりを装った凡庸さも1度経験すればそれ以上は必要ないと思う。

アーティストのろくでなし子さんが女性性器の3Dデータを所持していて逮捕される等の問題が過去に発生したが、2020年の日本は思想や言論の自由が案外守られており、平和な国だなと改めて思った都知事選挙であった。

本当に政治家を目指すならせめてこのくらいの計画性は欲しい。