蛭子能収の認知症ニュースで思い出したこと

サブカルチャーという言葉がサブカルという略語になったのはいつ頃だろう。

サブカルを目指した覚えは無いが、好きなものがサブカルというジャンルに振り分けられることが多かった。その中のひとつに蛭子能収の漫画があった。

蛭子能収の面白エピソードについては枚挙にいとまが無いし、ウィキペディアにも多数載っており、そちらを参考にして頂きたい。

私がガロを読むようになった頃、蛭子能収は既に漫画家ではなくテレビタレントとして認知されている人だった。しかし、私にとってはガロ漫画家として尊敬の対象であった。

90年代の前半くらいだったと思う。ガロのカバーページに蛭子能収が登場し、特集が組まれた。しかしその頃、既にテレビの人になっていたせいか、骨のある作品を描くことは少なくなっていた。その代わり・・・かどうかはわからないが、過去の珠玉の作品の中から、代表作品ともなった「地獄に堕ちた教師ども」が再掲された。

蛭子漫画の登場人物たちは陰影を強めに描かれた。主人公となるのは教師だとかセールスマンだとか、わりとどこにでもいるスーツを着るような職業に就いた中年男性で、彼らが唐突に怒りを爆発させ、その挙句、大して関係の無い他人をあっけなく殺めてしまう、という突飛なストーリーが多かった。

蛭子漫画には暴力性や狂気はあるが、私は読んでいて闇を感じたことは無かった。阿部公房の作品を読んだ時にもこれに近い感覚を抱いた。私が初めて買った蛭子能収の単行本もやはりこの「地獄に堕ちた教師ども」だった。

当時はインターネットはおろか、携帯電話も普及していない頃で、本を買うには本屋に行き、店頭に無い作品はその場で注文するしかなかった。そして、1990年代でさえも既に絶版となっていた蛭子作品を田舎町で入手するのは困難であった。

出版された単行本のタイトルも個性的で「私はバカになりたい」だの「私の彼は意味がない」だの「馬鹿バンザイ!」というといった具合だった。店頭で注文するときに少々恥ずかしい思いをするほど、私は純情であった。妙齢だった私が尖りに尖った作品に感銘を受けたのはもう30年近くも前なのだ。

転居を繰り返した私の手元に、蛭子作品は無くなってしまったが、多感な頃に蛭子漫画に触れることが出来たのは、私の人生にとって収穫だったと思う。

軽度の認知症という診断を下されてしまったが、一貫して正直者であるが故の「ちょっとおかしな人」という立ち位置にこれからもいて欲しいと願う。

蛭子能収の狂気に触れることの出来る作品。名作です。

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