Waves

4連休の前日、小池都知事は外出自粛を都民に呼びかけた。

私は都政の政策ってバカだな、と思いながら映画館の席を予約した。

自粛期間が明けてから、映画館は映画を上映するようになったが、客席は一つ飛ばしでしか席を取れないようにした。客席数は以前の半分だ。

連休初日の雨の中、私は大好きな都バスに乗って墨田川を渡り、日比谷ミッドタウンのTOHOシネマズへ行き、アメリカ映画「Waves」を観た。

舞台はアメリカ・フロリダ州。ハンサムな黒人少年が恋人と晴れ渡った青空の下、ドライブデートをしているところから映画は始まる。主人公テイラーは高校生でレスリングのスター選手、家は金持ち、同級生の恋人は美人、スクールカーストの最上位にいる。

タイラーのキラキラ人生が猛スピードで坂道を転がり落ちる様を映し出すというのが前半で、後半は転がり落ちた主人公の地味な妹エミリーの視点から家族のつながりを見つめるという2部構成の作品だ。

タイラーの生活が暗転したのは複合的な理由なのだが、一番大きく関与していたのは父親であった。黒人でありながら裕福な生活が出来ているのは父親の並々ならぬ努力の結果であり、父はそれを自負している。そして、息子にも「お前の為」というキラーワードの下、同等の努力を押し付けていた。

とは言え、悲劇の引き金を引いたのはタイラー自身だ。

後半は妹のエミリーが視点となり物語は進む。エミリーは控えめだが、堅実で聡明な女の子でいてくれたお陰で、バラバラな家族は何とか繋ぎ止められる。

そして、家族の誰もが自分の事を悔いている。悔いたところで起こってしまったことはどうにもならないが、わかっていても悔いているところがいい。悔いているが誰もヒステリックに号泣せず、淡々と悔やむところもまたいい。

本作品を更に盛り上げたのは素晴らしいサウンドトラックだ。主人公たちの心理状態を表すのに相応しい良質な選曲は2000年に公開された「ヴァージン・スーサイズ」を彷彿とさせた。私が勝手に「音楽映画」というジャンルに振り分けている作品だ。ヴァージン・スーサイズは高校生の5人姉妹が主人公であった。

スクリーンには美しい肉体のレスリング部員達の練習風景や、若い男女がビーチでたわむれる姿、若者たちが夜の街を闊歩し青春を謳歌する姿が映し出された。根本敬漫画の主人公とは対極にいる人達だと思いながら、映像美に圧倒された。

根本敬以外にも思い出した漫画作品がある。

「お前の為」という美しい響きでつながったのは、ガロ系漫画家・山田花子の「花咲ける孤独」に収録されている「子リスの兄妹」だ。

兄のリスは「妹の為に」という名目で色々な事をしでかした。虫歯の妹の為に、かみ砕いたドロドロの食事を出したり、寝苦しそうだったからという理由で妹の毛を寝ている間に剃り落したり。妹にしてみれば余計なお世話だ。妹は最終的に兄を殺めた。「もっと早く始末しとくんだった」「こいつこそあたしの人生のガンだったのよ」という言葉を残して。

また、本作品の冒頭において前途有望な美しい若者達に少しづつほころびが生じてゆく様に、2001年に公開された「レクイエム・フォー・ドリーム」を思い出した。レクイエム・フォー・ドリームは登場人物全員が破滅する様が素晴らしい作品であったが、本作品Wavesでは再生できる可能性が示唆されていたところに救われる秀逸な作品であった。

ストーリー、映像、音楽、三拍子揃った良質の映画作品など、本当に稀だと思う。私は久々に映画を観て、大変興奮した。このような素晴らしい作品を映画館で堪能できて、とても幸せな時間であった。

山田花子が命を削って生み出した珠玉の作品集。

テッド・バンディ

 年末の映画納めはヒューマントラストシネマ有楽町で公開中の「家族を想うとき」であり、明日は我が身…と身につまされる、貧しさの断片を描いた素晴らしい作品であった。2020年の映画始めはシネマシャンテ有楽町で公開中のアメリカに実在したシリアルキラー「テッド・バンディ」であった。

 私がテッド・バンディを知ったのは12年前の2008年だ。若松孝二監督の名作「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」にて、1972年に連合赤軍が起こした企業の保養所「あさま山荘」にて人質を取り立てこもった事件について知った。連合赤軍が最後に起こした事件が「あさま山荘」の立てこもり事件であったが、あさま山荘へたどり着くまでに彼らのアジトにて行われたリンチ殺人に焦点を当てた作品であった。この作品により、あさま山荘事件が発生する過程に18名の連合赤軍は「自己批判」や「総括」の名の下、リンチにより8名の死者が3か月あまりの期間で出たことを知った。陰惨な事件があるものだと戦慄したわけだが、「山岳ベース事件」あるいは「連合赤軍総括リンチ事件」と呼ばれるこの事件を調べるうちに、世界中の有名な殺人事件について項目ごとに丁寧にまとめられている素晴らしい個人サイト「+MONSTERS+」の存在を知った。例えば、この連合赤軍の事件については「リンチ殺人」の項目の中に入っており、「昭和残酷史」の項目からも当記事へのページにリンクが飛ぶようになっていた。「カニバリズム」やら「脳障害」やらどれからクリックすればよいのか迷うようなタイトルが並ぶ中、このサイトの一番最初の項目である「MONSTERS」の5番目に配置されていたのが異色の男前殺人鬼「テッド・バンディ」であった。このサイトの素晴らしい部分は、殺人事件そのものだけではなく、殺人鬼の幼少期からの家庭環境、図らずも怪物を世に送り出すことに深く関わる家族の生い立ちまでを詳らかに説明しているところである。かくして私生児として生を受け、それを憂いた祖父母に母親を姉と教えられ、差別主義者の祖父母を両親と思いこまされ育ったテッド・バンディを知った私は2020年に本作品を鑑賞することとなった。

 「テッド・バンディ」の作品だが、本作品は彼が殺めなかった彼の恋人、リズが書いた手記が原案となっており、リズとの出会いから彼の死刑判決までの割と短めの期間について、大半がリズ視点で描かれており、よって、彼のロマンチストでモテ男振り、殺人鬼と思いながら交際を続けるリズの葛藤について知る事が出来る作品であった。そんなわけで、その後、テッドの標的となるような女性、黒髪・ストレート・ロングヘア、清楚で知的、といった被害者像についての描写などは無く、またそのような女性を狙うこととなった経過についても当然何も表されてなかった。ただ、本作のヒロインについては「+MONSTERS+」には記載がなかったが、ウィキペディアでは調べることが出来る。全米を震撼させた殺人鬼が恋焦がれる一面や、刑務所に拘留されていても性行為により女性を妊娠させることが可能である、というのは新しい発見であった。

108~海馬五郎の復讐と冒険~

 松尾スズキの監督作品を15年振りに観た。2004年の彼の初監督作品、「恋の門」以来だ。その間、「クワイエットルームにようこそ」などの作品も観たといえば観たが、映画館で観てないので鑑賞数にはカウントしてない。

 この作品は18歳未満は観てはいけないコメディ映画だ。何故18歳未満のちびっ子が観てはならないかというと、観ても作品の面白さが理解できないからだ。というのは半分冗談で半分本当だ。下ネタ満載のコメディなのだが、下ネタを笑える知性が研鑽されるのは18歳以降だろう。

 妻(中山美穂)が不倫していることをSNSを通じて知った主人公(松尾スズキ)。離婚を決意するも財産分与で資産の半分を妻に支払わなければならないと知り、資産を使い果たす為に企てた妻への復讐の顛末、というストーリーだ。家族や友人、風俗嬢を巻き込んで繰り広げられる下ネタにつぐ下ネタは圧巻であった。

 週末にわざわざ松尾スズキ監督作品を劇場で観るという観客であるから、当然知的な観客しか来場していなかったため、上映中は随所で笑いが起きていた。映画館で声を出して笑う、というのはとても幸せな事だと思う。