新型コロナウィルスによる非常事態宣言が2週間を超え、落語教室について思い出したこと④

初天神のポイントは以下であると考えられる。

初天神の舞台

①自宅にて

「初天神」は、まずは自宅にて夫婦の会話から始まり、そこに息子が加わる。

自宅:夫婦の会話(新しい羽織をこしらえたから着たいのでは?)

自宅:息子と父の会話(新しい羽織をこしらえたから着たいのでは?)

息子が妻と同じことを言っている事の妙がよいのだ。

初天神へ連れて行くこととなるが、言う事を聞かないとお仕置きに川へ放り込むと息子を脅すが、その脅しに屈しない息子。

自宅では、偉そうにしている夫であるが、新しい羽織を着たいんだろ、と妻にからかわれ、息子にからかわれ、お仕置きについても結局は息子にやりこめられてしまう、人のよい、愛すべき父なのだ。妻は妻で、夫をからかいつつ、ちゃんと羽織は取ってきて、結構よい妻であると考えられる。

②天神様への道中

息子の「いい子」先制攻撃に「駄々をこねないという約束」にて善戦する父。

このくだりも、自宅にて妻との会話の中で、駄々をこねるから嫌だと伏線が張られていた。息子との過去のやりとりを詳細に説明しており、ここで回収している。

③団子屋にて

息子に屈し、団子を買う事になった父。あんこと蜜は蜜がべたべたすると着物が汚れると団子屋に説明しあんこを頼むが、息子は蜜がいいと駄々をこねる。

蜜でベタベタにしないようにと、団子を受け取った父は蜜を舐めあげた後、息子に渡し、団子の意味がなくなってしまう。

この父親の見当違いの優しさ、その見当違いの優しさを素直に否定する息子の妙がよい。

団子屋を言いくるめ、蜜の入った壺に二度漬けする父。

蜜がたっぷりとついた団子を受け取り、行き過ぎた父の行動力に感心した息子は、父の真似をして団子を舐めまわした挙句、蜜の入った壺に再度団子を入れようと試みるも、親子を追い出す団子屋のまともさ。いい話だ。

④団子屋を後にして

飴屋のくだりもあるが、尺が長いので、私は割愛した。ほぼほぼ団子屋と同じようなやりとりが店の主人と親子の間で繰り広げられる。

⑤凧屋にて

息子は凧屋をみつけ、凧が欲しいと言いす。ここも団子屋と似たようなくだりだが、すでに駄々は団子屋でこねており、ここでは割とあっさりと父は息子の要求に屈している。

ここで息子は店先の大きな凧を欲しがるが、父親は「あれは店の看板だから」と他の凧(おそらく小さめの凧)を買うように促すが、店主はあっさり「売り物ですよ」と言い、大きな凧を買う羽目になる。

また、凧屋が息子に父親へのおねだり方法を伝授しているのであるが、そのおねだり方法が、道端にできた水たまりに背中をつけ、手足をバタバタさせて「おとっつあん、凧買って~」という手法で、その勝算については不明である。

⑥広場で凧あげ

凧を買った後、天神様のお参りへと急ぐが、息子は凧あげをしたいと言い出す。

しょうがない、付き合うよと凧あげすることに。凧を持たせ、遠くに行くようにと父親は息子に指示を出す。それに従う息子。

遊びにもかかわらず、本気度の高い父親は真剣に凧あげを決行。

そして、凧の紐を息子になかなか渡さない。

しびれを切らした息子が「おとっつあんなか連れてこなきゃよかった」

元々は嫌がる父親に連れて行ってくれとせがんだのは息子であるし、団子や凧を買ってもらったのも彼の手柄である。

しかし、最後は凧あげしたいと言い出した息子であるが、最終的に遊んでいるのは父親だ。息子に負かされっぱなしの父の最後の勝利なのである。

新型コロナウィルスによる営業自粛制限が自粛の域を超えてきている傍ら、思い出したこと①

政府の非常事態宣言から2週間が過ぎた。

北海道の大樹町では民間の宇宙開発会社が行政からロケット打ち上げ停止の要請を受けたそうだ。大阪府は営業を自粛しないパチンコ店を公表した。私は薄気味の悪さを感じた。

この気味悪さを私は何度か経験している。

1995年・地下鉄サリン事件

最初に気が付いたのは、1995年の地下鉄サリン事件だ。新興宗教、オウム真理教が起こした同時多発テロであった。オウム真理教がこの事件を含む、多数の殺人事件に関与していた事件を、世間が震撼したし、私も恐ろしいを事件だと感じた。が、それを裁くのは裁判所であって、また、非難すべきはこれら事件に関することである。しかし、事件とは関係のないところまでむやみにバッシングを繰り返す報道に気持ち悪さを感じた。

その後、私はテレビを観ない生活を送るようになったので、平穏な生活が続いた。その間、インターネットは普及し、テレビや新聞から情報を得る必要がほとんど無くなっていった。

2005年頃、私は一時的に部屋を間借りする生活を送ることになって、再び私の日常にテレビが入り込むことになった。間借りしていた家での主な情報源がテレビであった上、私の借りていた部屋にはインターネットの接続環境が無かった。

2006年・ライブドア事件

この頃、メディアはしきりにライブドアを叩いていた。ライブドアはフジテレビの株式を持つニッポン放送を買収しようとしたり、プロ野球チームの球団買収をしようとしたり、いずれもかなわなかったものの、何かと話題になっている会社であった。

また、この会社の経営者も型破りな人物であった。スーツもネクタイもしておらず、Tシャツにジーンズを着た若い男性であった。そのような出で立ちの人物は、会社の経営の傍ら衆議院選挙に立候補し落選したりと、話題に事欠かない堀江貴文氏であった。

その後、彼はライブドア社の粉飾決算等々の罪状で有罪判決となり服役することなるが、過去の粉飾決済事件を鑑みても重い判決であったし、彼に対する報道やバッシングにも釈然としないものがあり、気味悪さを感じていた。

細木数子の出現

同時期、テレビを席巻していたのは顔の大きな年配の女性占い師、細木数子氏であった。叱り飛ばすような強い口調で相手を罵る姿に辟易した私は、テレビを見るのを諦めた。

そうしているうちに、ツイッターやらインスタグラムやらのSNSが影響力を増していった。Youtubeで動画配信サービスが一般的になっていった。

続く

新型コロナウィルス感染回避の傍ら、落語教室について思い出したこと③

閑散とした都内

いつもは観光客でにぎわう銀座も非常事態宣言以降、ランドマーク的存在の銀座和光や三越銀座店のシャッターは下ろされ、ひっそりとしている。

新型コロナウィルスの感染者数の増加は抑えられるだろうが、今後予想される経済活動の停止による縊死については自己責任として片づけられるのだろうか。

人が集まることを避けるために、咲いたチューリップや藤の花が行政により刈り取られているとニュースになった。

私は自宅で次の演目の編集を黙々と行う。

落語の中には少々しつこい程の同じ会話のやりとりが数ターンある。「何、このデジャブ感」が面白さにつながるのであるが、時間に限りのある素人落語はここを泣く泣く削る場合が多々ある。

初天神 

天神様にお参りに行きたい夫

最初に夫が天神様にお参りに行くにあたり、妻に羽織を持ってくるように依頼。

妻は「新しい羽織をこしらえたもんだから着て出かけたいのね」と言い、息子も初天神に連れて行くように頼むが、過去に息子を連れて出かけるとあれこれ買い物をねだられるので嫌だと拒否。

息子登場

そこへ息子が帰宅。今から出掛けようとする父は息子に遊びに行けと突然言い放つ。

今、遊びに行って帰ってきたところだし、友達も家に帰ってしまったから行かないと言うと、友達の家に帰って遊べと言い出し、そんなこと無理だと息子は拒否。

息子、父親が新しい羽織を着ていることに気付く

息子は父が新しい羽織を着ていることに気付き、「新しい羽織をこしらえたもんだから、表へ出たがって!」と母と同じように言い、初天神のお参りに一緒に連れて行って欲しいとせがむ。

父の嘘

初天神に連れて行きたくない父は、大人の寄り合いに行くので、連れていけないと息子に言い放つ。

しかし勘のいい息子はそれが嘘だと見抜く。

せがむ息子

嘘を見抜かれたが、以前も共に出掛けた際に、あれこれ買えとねだってきたので、連れて行かないと伝える。

しかし、息子はそれにひるまず、そんなことしないから天神様に連れていって欲しいと懇願する。

妻も息子側に加担

そこへ黙って聞いていた妻が突然、「連れてってやんなよ」と息子側に加勢する。妻の言い分は、過去に息子を置いて行った際に、家の中でぬか漬けの小便をするなどといたずらをした為、家に居てもらっては困るという。

それでも父として断固として拒否するが、妻「連れてってやんなよ」、息子「連れってっておくれよ」の合唱に仕方なく、「わかったよ!連れてくよ!」と折れてしまう。

妻が息子に注意

こうして天神様に息子と出掛けることになり、妻は息子に父の言うことを聞くように注意し、聞かない場合は川の中へ放り込まれると釘を刺す。

川に落とすとおどす父

これに習い、言う事を聞かない場合は川に投げると息子をおどすが、泳げるので平気だと言う息子。

それにひるまず、「泳げたって川にいる河童に食べられる」と更におどす父。

現実的な息子

それを聞いた息子は、河童は架空の動物なのに生きていると信じる父をあざ笑い、父としての面目をつぶされてしまう。

一路、天神様へ

こうして天神様へお参りをすべく屋台の並ぶ参道を二人は歩く。

ふいに息子が今日は何もねだっておらず、自分はいい子なのではないか?と父にぶつけてくる。

ごほうびをねだり始める息子

何もねだらない息子を見て、いい子だと褒める父。

ならば、ごほうびに何か買うべきだ、さしずめ団子を買えと主張しだす。

はじまりやがったと渋い顔の父は、買わないと突っぱねる。

結局団子屋へ

しかし、周囲を巻き込み大きな声で泣き叫ぶ息子。

業を煮やした父は団子を買うと約束し、仕方なく団子屋へ。

団子屋に入るとみたらしとあんこがあり、父は蜜はべたべたとたれて着物が汚れるからあんこにすると注文をするが、息子はみたらしが食べたいと言ってきず、みたらしを注文することに。

みたらしが垂れて着物が汚れることを懸念した父は、団子を受け取ると、まずは団子にかかった蜜を舐めた後、息子に渡すが、蜜が無いとまたもや息子は泣きだす始末。

困った父親は団子屋に難癖をつけながら、蜜の入った壺を開けさせ、団子を蜜につけ、息子に渡す。当然、団子屋には追い出される羽目に。

凧屋の前で

天神様へと先を急ぐが、凧屋の前を通りかかると、今度は凧を買ってくれとねだる息子。ここでも大きな声を出しかねない息子に折れて、凧を購入。

凧あげをする羽目に

買った凧を息子に持たせて天神様へ再び向かうが、凧あげがしたいと言い出す息子。仕方なく付き合う父。

父は凧の紐を引っ張り、息子には凧を持たせ、遠くに下がり、風が吹いたら合図を出すから手を放せと指示を出し、凧は空高く上がる。

意外と凧あげ上手の父であるが、なかなか息子に紐を渡してくれず、自分ばかりが凧あげをしている。それに呆れた息子が

「おとっつあんなんか、連れてくるんじゃなかった」

—–

ここで幕切れとなる。(④へ続く)

新型コロナウィルスによる緊急事態宣言の傍ら、落語教室について思い出したこと②

7都道府県にて非常事態宣言

4月7日の夜、緊急事態宣言が7都道府県に出され、デパート・映画館・美術館の営業自粛は週末のみならず、4月8日から5月7日までの1か月間となった。

都内の演芸場は5月6日まで興行自粛を発表した。

この期間、人の集まるイベントは全て中止または延期となった。

引き続き、外出は生活に必要な最小限での生活を求められた。

初天神の台本作成

前回説明したように、柳家小三治師匠の「初天神」の台本作りにとりかかったのであるが、初天神には小さめのオチがちりばめられている事に気が付いた。

初天神のあらすじ

天神様へお参りに行こうとする父(夫)に、母(妻)が外出中の息子も連れて行くように頼むが、嫌がる父。

そこへ息子が帰宅し初天神のお参りをしたいとせがみ、しぶしぶ連れていくことに。

承②

案の定、連れて行った息子は道中にある露店で何かとねだり、父は拒むが結局は根負けして買い与える羽目に。

最終的に凧が欲しいと息子が駄々をこね、仕方なく買い与えると次は凧あげしたいと言い出す始末。

父、仕方なく凧あげに付き合うも、自分が楽しくなってしまって息子そっちのけで凧あげに夢中になり、息子に呆れられる。

面白い落語はストーリーではない!

あらすじだけ読むとなんとも凡庸な話だ。

しかし、面白い映画も面白い落語も、重要なのはストーリーでは無いと私は常々思っている。

脚本と発せられる言葉やしぐさによるディティールの説得力なのだ。(③へ続く)

新型コロナウィルスによる外出自粛の傍ら、落語教室について思い出したこと①

コロナによる自粛の嵐

都内の百貨店や映画館、演芸場は週末の営業を自粛している。

まさかこんな日が来るとは誰が予想しただろう。

閑散とした繁華街やオフィスビルの谷間に漂うゴーストタウン感。

コロナによる各所への影響

この騒ぎの中、オリンピックは延期され来年開催となった。

志村けんはコロナウィルスに感染し亡くなり、堀江貴文はもうホリエモン万博はしないと公言し、政府はマスク2枚を各世帯に配布すると公表した。

このどさくさに紛れて北朝鮮はミサイル発射を行った。

落語教室からのメール

そんな中、私の受信メールフォルダに落語教室から次回、7月から始まる落語教室の案内メールが届いていた。

貼り付けられたURLをクリックすると、10人の定員に対し、既に9名が申し込んでいたので、急いで申し込みを行った。

落語好きが高じて落語家から落語を習うことに

私は落語好きが高じて、去年の夏から落語を習っている。

講師はプロの落語家だ。

最初の先生は二ツ目の噺家、柳家小んぶさんだった。

最初、というのは、初回以降は他の講師から習っているからだ。

夏に通い出した頃は、小んぶさんに時間があり、週に二度程お稽古をしていたが、本業が忙しくなった…からかどうかはわからないが、週に一度の稽古になってしまった。

落語教室の運営者に相談したところ、他に私の都合のよい曜日に教えている真打ちの噺家・桂文雀師匠がおられたので、去年の秋の稽古から文雀師匠のお稽古に通っている。

素人落語の稽古開始前のガイダンス

実際の稽古が始まる前に、初心者に向けてガイダンスが行われた。

ここでは

●高座で実際に使用するてぬぐいと扇子が配られ高座上での使い方

●上下(かみしも:噺家が高座で右を向いたり左を向いたりする動作)について

●お稽古ではプロの落語家の前で覚えた落語を演じて見せるので、ちゃんと台本を暗記してくること

●個々の落語の持ち時間は15分なので、演目をその時間内に収まるようにすること

等々の説明を受けた。

また、希望する演目や自分が高座で使う名前、高座名を伝えた。

まずは台本を作りから

ガイダンスを終え自分の話す演目が決まり、台本を作ることになった。

私は元々ファンだった柳家小三治師匠の「初天神」のYouTube動画を繰り返し見た。

初天神はメジャーな演目でもあり、台本はグーグル検索すれば出てくるのでコピペし、小三治師匠の動画に寄せて編集した。

持ち時間を越えてしまった

しかし、小三治師匠の動画では枕(落語に入る前にする話)を省いても20分を越えていた。

そこで本来はしつこいやり取りが魅力の箇所がただの会話になってしまい小さめのオチを泣く泣く諦め、時間内に収まるようにした。(落語の魅力はこういう小さなオチが随所にちりばめられたところなのだ。それはまた別の話)

ぞろぞろ

落語教室の発表会のトリ(一番最後)で桂文雀師匠がされた演目についてご紹介します。

ぞろぞろは古典落語

古典落語とは(落語の種類)

元々は上方落語(かみがたらくご/大阪・京都で主に演じられる落語)として作られ、その後、江戸落語となった演目です。

あらすじ

茶店の老夫婦

稲荷神社の茶店に老夫婦がいました。古くからある参道沿いに店はあるのですが、近くに新しい参道ができたせいか、客様も少なくなり、生活に困窮した夫婦はお稲荷様にお参りに行き、商売繁盛のお祈りをしました。

1足のわらじ

ある雨の日、茶店に客が来て、お茶を注文したあと、ぬかるんだ道で足が汚れるのは嫌だと天井から1足だけぶら下がったわらじを買います。

わらじが次から次に…

その客が店を出ると、新たに客がやってきて、わらじを1足求めます。老夫婦は最後の1足が売れてしまって何も売る事ができないと伝えますが、天井から1足ぶら下がっているわらじがあると言い、老夫婦は驚くものの、そのわらじ1足を売り代金をもらいます。おかしなことがあるものだと老夫婦が思っていると、さらに客がやってきて、やはりわらじを買い求めます。今度こそ「売り切りれました」と伝えると、先ほどの客と同じように、「天井からぶら下がっている」と言うではありませんか。1足わらじを売るたびに天井からぞろぞろとわらじが下りてくるのでした。

床屋の主人

お稲荷様のご利益であると老夫婦が喜んでいるところへ、近所の床屋がこの話を聞きつけます。床屋の主人も早速お稲荷様へお参りして、茶店の老夫婦のようにして欲しいと祈ります。

お稲荷様のご利益?

床屋の主人が店へ戻ると店の前が客であふれかえっています。早速ご利益があったと喜び、人をかき分け店へ入り、客のひげをカミソリで剃ると、剃ったひげがまたぞろぞろと生えてくるのでした。

素人落語会

落語家が教える落語教室

都内にはプロの落語家が落語を教えている教室がいくつもあります。先日は桂文雀師匠が教えている落語教室の発表会が行われました。

木戸銭は無料!

入場料である木戸銭は無料で両国亭で開催されました。両国亭は円楽一門会の寄席が主に行われています。

素人ながらも満席に

一人持ち時間15分で高座に上がり、女性の生徒さんも数多く高座に上がっていました。一時はお客様が沢山お見えになり、満席となる一幕もありました。

演目がかぶることも…

通常の寄席では別の落語家が同じ演目を寄席で行うのはご法度ですが、生徒の数が多く、演目がかぶることもありましたが、そこは素人ですのでご愛嬌。

トリは文雀師匠

落語教室の生徒さんの発表会ですので、色物が挟まれず、長丁場でしたが、最後のトリは文雀師匠が高座に上がられ、盛り上げてくれました。この日の演目は「ぞろぞろ」でした。

無料の素人寄席は週末の昼間

両国亭では週末の昼間によく無料の素人寄席が開催されているので、是非、足を運んでみてください。

落語家の階級

階級制度

落語家には階級があり、寄席で一番最後のトリを務めるというような場合は、相応の実力が必要となります。漫画の主人公、島耕作が課長から会長に昇進した程は多くありませんが、落語家も呼び名も変わります。下から

・前座(ぜんざ)

・二ツ目(ふたつめ)

・真打ち(しんうち)

となっています。

前座

演目が終わり、落語家が高座を降りた後に、めくり(落語家の名前が書かれた紙)をめくったり、座布団を裏返したりといった雑用をしたり、開口一番(かいこういちばん:その日の高座の最初の落語)をすることもあります。

二ツ目

前座を経た後、二ツ目となります。前座は羽織を着るのは許されませんが、二ツ目からは羽織を着て高座に上がることが許されています。前座がする雑用もしなくてよくなります。開口一番の次に高座に上がる、つまり2番目に上がることから「二ツ目」と呼ばれるようになったようです。

真打ち

「師匠」と呼ばれ、弟子を取ったり、お声が掛れば、落語会や寄席のトリを務めることが出来るようにもなります。

真打ちの由来

真打と呼ばれるようになった理由は諸説あるそうですが、その昔、江戸・明治時代の寄席では最後の出演者が寄席の照明であるロウソクを消さなければならず、ロウソクの芯を打っていた(=火を消していた)ことから、「芯打ち」となり、字を変えた「真打ち」となった、とも言われているそうです。

落語の種類

古典落語とは

落語と言えば、設定が長屋の住民、お侍が登場します。このような設定の落語は古典落語が多く、江戸時代~大正時代に作られた落語を一般的に古典落語と呼んでいます。

新作落語もある

対して、現代の設定の落語は「新作落語」や「創作落語」と呼びます。

寄席の演目

寄席では同じ演目を違う落語家が演じることはご法度となっているので、出演者は全員、異なる演目を演じます。

マクラ

落語の演目が始まる前に落語家が高座でするおしゃべりを「マクラ」と言います。落語を演じずに、マクラだけで高座を降りる落語家もいます。柳家小三治師匠は実際に演目が始まるまでのマクラが非常に面白く、その面白さはYoutubeでもご覧いただけます。

新宿末廣亭に行ってみた

新宿末廣亭ってどこ?

末廣亭は新宿の末広通りと呼ばれる飲食店が立ち並ぶところにあります。東京メトロ丸の内線と副都心線の「新宿三丁目」の駅、C3出口から左に曲がるとあります。

寄席の入り方

入口に「入場券売場」とあるので、こちらでチケットを購入します。ちなみに、寄席ではお代金のことを「木戸銭(きどせん)」と呼びます。

席は自由席

場内は高座と呼ばれるステージがあり、高座正面に椅子席が117席、左右の端と2階は桟敷席(さじきせき)があり、桟敷席は畳の上に座布団が置かれているので、靴を脱いで上がります。また、場内には係の人がいるので、桟敷席が空いていれば、案内してくれます。

昼の部

昼の部と夜の部の2部制で、昼の部は12:00~16:30で、途中に中入り(なかいり)という、休憩時間が15分程あります。その間にお手洗いへ行ったり、喫煙室で喫煙したり、売店で軽食を買ったりして過ごします。場内での飲食はアルコールでなければOKとなっています。

夜の部

夜の部は17:00~21:00となっています。先日行った時は人間国宝・柳家小三治(やなぎやこさんじ)師匠が高座に上がられる日ということもあってか、満席でした。

1月15日の出演者

・柳亭市楽(りゅうていいちらく/落語)

・笑組(えぐみ/漫才・南京玉すだれ)

・桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ/落語)

・初音家左橋(はつねやさきょう/落語)

・林家しん平(はやしやしんぺい/落語)

・江戸家子猫(えどやこねこ/物まね)

・柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう/落語)

・柳家小袁治(やなぎやこえんじ/落語)

・すず風 にゃん小・金魚(すずかぜ にゃんこ・きんぎょ/漫才)

・柳家権太楼(やなぎやごんたろう/落語)

・柳家小満ん(やなぎやこまん/落語)

中入り

・寿獅子(獅子舞)

・柳家小三治(やなぎやこさんじ/落語)

・桂南喬(かつらなんきょう/落語)

・春風亭一朝(しゅんぷうていいっちょう/落語)

・柳家さん喬(なやぎやさんきょう/落語)

・林家正楽(はやしやしょうらく/紙切り)

・柳亭市馬(りゅうていいちば/落語)

落語ばかりではない

上記の出演順を見てわかるように、落語の合間に漫才やものまねが入っています。4時間も落語ばかり聞いていると疲れてしまうので、緩急をつける意味で色物(いろもの)と呼ばれる漫才やものまねが入ります。一月は正月興行ということもあり、獅子舞もありました。皆さまも是非一度、寄席で名人芸をご堪能ください。